2012年8月1日水曜日

12'8月 ウエダ本社社報

《イベントと実業の差を埋める》

昨年の8月の社報を見て愕然としました。

イベントの総括を書いているのですが、今年と全く同じで、そういう意味においては、第五回を迎えた今回のイベントも、皆の中での位置づけが全く変わっていないという事を感じたからです。

皆には今年も大変良くやってもらったと思いますし、来られた方々からは、単に良かった、というレベルではなく“賞賛”という言葉がピッタリの素晴らしい評価を頂いております。

イベント自体については、私の方で立てた企画を、実行では皆がそれぞれ分担して、一つの目標に向けて自主的に動いてもらい、あれだけの事を大きなミスもなく完結できるのですから、組織として、理想的な動きができていると思います。

問題は、何故それが、実業に生かされないのか?というところであり、第五回を終えても、まだ皆の方で、何故このイベントを行うのか?という事について理解されていない点であります。

何故イベントはうまくいって、実業のところはうまくいかないのか?
何処に違いがあるのか?を考え、実業においても、同じ様な動きにしていく為には、何をどの様にしていけば良いのか?を考えてもらいたいと思います。

イベントをイベントとして成功して終わりでは、うちにとっての意味はありません。

イベントという組織(チーム)での展開で、組織としての成功体験を作り、それを本業での組織内で実行していく、それが組織としての狙いなのです。

今目指している理念や価値観において、それが成績に繋がって、皆がその方向の正当性を感じられる様になるのには、相当な時間が掛かります。

それだけに目指している方向になかなか進めず、目先の事ばかり追いかけるという事に陥ってしまうと思うのですが、だからこそ、このイベントの価値をしっかり見据える、意味を考える必要があるのです。

あれだけの事をどこができるのでしょう?
お金をかけて立派なものはできるでしょうが、あれだけ想いのこもったものはお金では作り出せません。

それを実業に振り向けていく事。
逆に言えば、それを考えていく事が、理念や価値観に向けて実業を向けていく事になるのです。

再度、ここで、イベントと実業の違いを埋めていく事を考えて欲しいと思います。

2012年7月28日土曜日

京都流議定書の裏目的

何の為に?と多くの方から言われる中、”こういうイベントを社員で行うというのは、素晴らしい社員教育ですね!”と見抜かれる方もおられます。

実はその通りで、京都流議定書イベントを行う理由はいくつもある中で、社員教育というのは”隠れ一位”とも言うべき、重要な狙いの一つなのです。

裏話を言えば、企画、キャスティングについては、元々の想いや、目的、繋がりの中で考えていかないといけないので、私が行っているのですが、約3ヶ月前くらいに内容が固まってからは、準備から当日の運営まで全て社員が行ってくれています。
しかも、看板から、会場横の垂れ幕、モニターで流す映像制作、チラシ印刷、何パターンもある会場の設えの図面、など、全て社員で行っているのです。

これだけ時間と労力を費やしているのも、社員教育として捉えているからですが、更にその社員教育としても、大きくは以下の5つの狙いを持っています。

それは、

・ 全員でこの様なイベントを行うという事での団結力を生み出す事
・ 仕事上でも今後益々、自ら考える、他者に配慮して、助け合うなどの行動が求められる中、臨
  機応変の柔軟な対応を求められるイベントで、その対応力を養う事
・ ホスピタリティーなども学んでいる我々には、一流ホテルの方と一緒に行動するという、お金で
  は得られない貴重な経験を全員で体験する事
・ ゲストや来場者でも、素晴らしい人達に直接関われる事
・ ゲストに回ることができる京都フォーラムでは、全員で目指すべき理想の姿を共有する事がで
  き、又、自社での取り組みの意味合いを皆で確認できる事

これだけ並べると、この社員教育だけでも、メリットがあると納得して頂ける方も多いのではないでしょうか?

そして今回は、現場で臨機応変に対応するという事に関しては本当に皆、良くやってくれたと思います。

これだけの事が皆でできるのですから、実業でも同じ事で、一致団結して、目指すべき方向に向けて、それぞれの役割を持った人が自主的に、臨機応変に対応する、これができればディーラーである我々も存在価値を持つ事ができるし、むしろ、企業にとっても必要とされるパートナーとなり得るのです。

そんな所に向けての多大な研修、というのが、隠された?目的の一つですので、決して、皆さんからお褒め頂く様に、ボランティア精神100%で行っているわけではありませんので、ご心配頂きませんようお願いします(笑)  自社の為にもしっかりなっておりますので。。

それともう一点、これは計算していなかった大きい効果は、参加して頂いたお客様から、感激にも近い喜びや感謝の声を頂ける事で、これは残念ながら、事務機器の販売や、事務所の工事などの普段の業務では、ここまでの評価は得られる事はありません。

この、これ程喜んで頂く事、自分達が提供した事が、それだけ人の役に立つという事を経験してくれる事が、自分達の役割、業務を見直す事に繋がっていくのだと思います。

5回を終えた段階で、少しですが、この裏目的を社員が体感してくれ出した感じもありますので、ここからウエダ本社として発信している大事に思う事と、実際の動き、実業を近づけていきたいと思います。


2012年7月25日水曜日

価値の繋ぎ役


何故こんなイベントをやっているのですか?

イベントに好印象を持って頂いた方から又、この質問を受けます。

決してボランティアではありません。

一番の、そもそもで言えば、ウエダ本社として存在意義を持ちたい、存在価値を作りたいという事があり、その為に、役に立つ存在になりたいという事なのです。

縦割りになっている京都で横串をさせれば、もっと価値を生み出せるのに・・そう思ったところから、そこに世代間の溝や、層の違いを埋めていく事ができれば、我々自体もお役立ちできるのではないか?これが価値観の変革と共に、このイベントで訴える大きな意味です。

今回のイベントでも、それぞれの筋では日本のTOPという方にお集まり頂いていましたが、お互いが会われた事が無かったり、全く、そんな動きをご存じないケースも多いのです。

それぞれが日本を変革し、良くしていこうとされている方々、そのツールなり、表現が違うだけで同じ想いを持っている人が繋がる事によって、或いは、その素晴らしい活動を多くの人に知ってもらう事によって、日本を変えていく事ができるのではないか?

そんな場を提供できれば、それを自分達の会社が生み出す事ができれば、自分達自身が、素晴らしい存在価値を生み出せる。そんな想いで取り組んでいるのです。

初日や三日目に登場して頂いた社会起業家達の様な、熱い想いと素晴らしい能力にはとても勝てませんが、彼らを繋いでいく事によって、それぞれの価値を増大させていく事ができ、日本を良くしていく事に貢献できるのですから、こんなに嬉しい事はありません。

彼らの素晴らしさについては、今回、無謀な振りにも見事に応えて頂き山田知事とも絡んで頂いた、尊敬する鬼澤さんが書かれていますので、是非ご覧下さい!

http://ameblo.jp/onikko-nikki/entry-11309389196.html


 影響力の大きい鬼澤さんや大久保寛治さんに彼らの存在を知って頂いた事は、大袈裟でもなく、日本にとって大きな意味合いをもたらせますよ!

2012年7月23日月曜日

信用資産

第五回となりました京都流議定書も無事終わる事ができました。

イベント会社ではなく、全て社員で行ない、自分達の仕事を持ちながらやってくれていますので、行き届かない面も多々あったかと思いますが、ご出演者の凄さにも助けられ、参加して頂いた方々からは、賞賛にも近いお声を、たくさん寄せて頂いております。

今日は、初日の鼎談にご出演頂いた方々の所にご挨拶に伺い、皆さんから、良かったと言って頂いた事で、漸く私にとって、今年のイベントも終結致しました。

今年のイベントは、まずは弊社で関わっている全てを集めようとした初回を別とすれば、一番大変なものでした。

そんな事も含めて、今回での気づきについて、何回かに分けて纏めてみたいと思います。

今回、如何に人の”縁”が大事か、人の繋がりというものがどれだけの力を持っているのか、という事を改めて思い知らされました。

いつも鼎談にご出演頂いている門川市長が、東京でのご公務で今回初めて欠席となられた為、ご出演者同士の繋がりが無くなってしまった事により、いつもは打ち合わせも無しで行なえていた鼎談が、その方向性から、位置づけ、それぞれの期待するところ、進行の仕方などなど、色々な事を全くゼロベースから考えないといけなくなってしまったのです。

逆に言えば一人の存在があるだけで、今までは、これだけの苦労をしなくて良かったのです。

今回の場合は、お相手が京大総長であり、産業界のTOP、役所のTOPであるからの大変さではありましたが、それでも、それぞれと縁のある方がおられれば、これらの事が簡単に運ぶのであり、物事の成否が全く変わってくるのです。

人の繋がり、そしてそれを形成している信用というものは、何物にも変える事のできない大きな資産だと思います。

”よくもあれだけの方を集めるね”よく言って頂く言葉ですが、私だけで集められているのではなく、信用の置ける方の繋がりであったり、信用の置ける方の信用の連鎖を集めさせて頂いて、あれだけの事となっているのであり、信用という資産の結集でできているのです。

説明していくと当たり前の話なのですが、改めて今回、大きな気づきを頂きました。

それだけに、今回ご出演頂いた皆さんに失礼な事があると、自分だけではなく、ご協力頂いた方の信用資産も毀損してしまうだけに、余計に神経を使いました。

それが今日、皆さん、喜んで頂いていたというお言葉を頂き、漸く、今回のイベントが終結したのでした。

この間、門川市長は、何度も何度も、私には、迷惑かけたな~、悪いなあ~というお声を掛けて頂きながら、ご出演の皆さんに、色々フォロー頂いていた様です。

市長に頼まれたら、しょうがない、そんな風になるのも、決して肩書きだけではない、こんな信用の形成をされているからなのです。
そんな上に乗っかって、あれだけのイベントを行う事ができているのだという事に改めて感謝したいと思います。

今日秘書の方に挨拶だけで寄らせて頂いたのですが、打ち合わせ中にも関わらず、市長がわざわざ出てきて頂いて、又々、"悪かったな〜"。

 TOpのこの姿勢は、京都にとっての資産ですね。

2012年7月15日日曜日

縁を作る事の意味

先日、ある女性が考えられているプロジェクトに合いそうな方をご紹介すると、その方のサイトを見られて、正に、自分が今までずっと考えて来た事ズバリだと、今にも泣き出さんばかりに感動されていました。

その方がやろうとされる事に対して、自分が知っている人を紹介しただけで、そんなに喜んで頂けて、こちらも大変嬉しい気分になりました。

人の縁については、京都流議定書というイベントを行なっていると、正に、縁、繋がりというものが如何に大事かという事を痛感させられます。

今回も、その領域においては、第一人者の方ばかりなのですが、直ぐ横で動かれていて、ひょっとすると、それぞれで凄い方が、一生すれ違っていったかもしれないのです。

そんな方々が、自分自身や、ウエダ本社という会社が媒介となって繋がり、その事によって大きな価値を生んでいく事に繋がれば、世の中に価値を提供できるのですから、こんなに嬉しい事はありません。

生きている限りは役割がある・・それが意外に思われる、マジメな?私の考えのベースですが、その中でも次ぎの様な事がその又ベースになっています。

一つは地球規模で考えてみると、46億年もの年月の中で、同じ時期に生きているだけで凄い確率であり、そう思えると、主義主張が違ったりしたとしても、いがみ合う事も無く、差別や偏見なども、意味の無い事に思えてくるのではないか?と思います。

生命的?に考えてみると、約3億~5億とも言われる精子の中のたった一つが卵子が結合して、今の自分が生まれて来ているのであって、この掛け合わせが違っていれば、今居る自分は存在もしていないわけですから、これだけで、3億~5億分の一で生まれて来た、とてつもなく幸運(強運)な人間なのです。

又、世界を100人の村で考えると・・的に考えると、世界全体から見れば、日本に生れ落ちただけで、ごく数パーセントの幸福層に属するのです。

これらの客観的な数字だけで考えてみても、自分自身が自分だけの事を考えていて良い筈がないと思えないでしょうか?

それだけの確率を潜り抜けた見知らぬ人と、たまたま駅ですれ違う確率ってどの位なのか?と考えてしまいます。
そのすれ違った人の中で、目が合うというだけで更に凄い確率になり、もし何かがあって、一言でも言葉を交わしたなんていうと、地球の歴史から考えれば、天文学的な確率だと思うのです。

そんな気が遠くなる様な確率の中で、同じ組織に居て、自分が生きている間の殆どの時間を過ごしているのが、会社であり、同僚なのです。

そんな風に、仲間の事をとらえ、会社や組織をとらえた事があるでしょうか?

そんな風に、もしとらえる事ができれば、自分だけの事を考えて、自分さえ良ければなどという考えにはならないのではないか?と思いますし、目の前の仕事だけを消化しているだけ、それもイヤイヤやっているなんて事って、本当に勿体無い事だと思うのです。

自分や自分の会社が媒介となって、すれ違うだけで終ったかも知れない、或いはすれ違いもしなかった人達を繋げる事ができれば、自分達が大きな役割を果たす事が出来るのです。

人は生きている限り、会社は存在する限り、何かの役割を持っていると思いますし、その役割を果たすべきだと思います。

ウエダ本社としては、素晴らしい世の中を作っていこうとする人達の縁を繋いでいく事によって、その役割を果たしていきたいと思いますし、今年の京都流議定書では、今まで以上にそんな繋がり(縁)が生まれる”場”になると思います。

未だに、何故、こんなイベントをやるの?という事を言われるのですが、こういう所から説明しないとなかなか説明し切れないので、改めて説明させて頂きましたが、まあ、不思議に思われる方々も是非、縁を作りに、繋がりに来てみて下さい!

2012年7月7日土曜日

ダイアログの重要性

フェイスブックの友達申請でのマナーも最近話題にしていましたが、様々な問題の根本にある問題は、コミュニケーション能力であり、簡単に言えば、自分勝手、一人よがりに向っていく流れを止められていない事だと思います。

一見、今の若者は、モノに困らない時代に生まれ育ち、ボランティアや社会貢献意識が高く、凄く他人に対しての想いが強い様に見えますが、核家族、少子化、地域のコミュニティーの欠如などから、他人を意識しなくてはいけないケースが減り、結果的に、全く悪気は無く、自分勝手になっているケースが多くなっている様に思います。

クリック一つで友達になれるフェイスブックにおいて、自己紹介や、申請の理由などを書く事を、必要とすら思っていなかったり、日々の返事や連絡がしっかりできなかったり、フラットな関係は素晴らしいのですが、年上や社会的立場のある方に向けて、自分達の方だけが同等と思っていたりというケースも多い様に思います。

要は、リアルな人との関係、それも、色々な年代、階層というと語弊があるかもしれませんが、でも現実にはある色々な階層の人達などとの関わりがない為に、相手がどう思うか?他人、周りからどう見えるか?という意識が希薄なのです。

或いは分かっていても、そんな事を何故気にしなくてはいけないのか?という、変な自信の様なものも持っていたりもします。

先日来、行なっている営業研修などをみていても、マニュアル的な事や、技法的な事も語られますが、実は、常に相手の事、立場、背景などを考えると、何のレクチャーや教育などなくともどんなケースにも対応できると思います。

私は基本的に役職などでも、人間の価値とは関係なく、役割の違いだけであるから、偉くも何とも無いと思っていますが、仕事とは関係なく、年上は敬うべきだと思っていますし、社会的に見て私よりも立場のある方に対しては、相手が上だという対応をします。

別に媚びへつらうつもりはありませんが、現実的に多くの人は、その様に思うので、自分は意識しなくてフラットにしていても、相手は面白く思わないという事になり、結果的に、自分が何も得をしないし、相手との関係性において、うまくいかないと思うからです。

原発問題、環境問題、格差・貧困問題など、世の中の問題は複雑化していく中、能力は優秀になっていながら、他人との関係性において、相手の感情を読み取れないか、気にしない人達が増えていくとどうなっていくのか? 大変恐ろしく感じます。

問題を解決するのは、0か1かの話ではありません。

薬は早く症状を抑えますが、効くという事は必ず副作用がある様に、必ず反対から見ればマイナスがあります。

0か1か、勝つか負けるかの話ではなく、最大公約数を探し、そこから始めるという論議ができないものか?と思います。

自分は25だ、いや絶対20でないと駄目、というのではなく、それならまず5から始めよう、そんな発想にしていけないものでしょうか?

0、1発想が危険なもう一つの理由は、今見えている現象は、ごく一部であり、それを違う見方をすれば違う答えになる事と、それも、我々には分からない大きなレベルにおいて、意図的に仕組まれている事もある様に思えるからです。

環境においてのCO2悪者説も、数年後には世界的にも、全く裏返りそうだという話もありますが、我々の身近にもそんな話はたくさんあります。

独特な発想で、本質論議をされるという点においては、この方以上の人はおられないのであろう堀場最高顧問が、”お偉い”医学博士や先生方にいつも詰問される事があります。

それは、昔は、運動した際、水を一滴も飲むなと言われたのに、今では水分補給はこまめに取れ、と言われる様になったのは、何故か?

同じく、怪我した際には、ヨウチンを塗れと言われたが、今はそれは駄目だとなったのは、いつ、どの様な分岐点があったのか?

又、最高顧問が若い時に、右ひざの皿を割られた時は、数週間固定されたのが、数年前に左足を同じく割られた際は、直ぐに動かさされたが、右足と左足で治療は違うのか??

などですが、これに明確に答えられた先生は一人もおられず、私も何度もこういう詰問?の場面に居ましたが、”お偉い”先生方が、医学なんてそんなもんです。。。と、タジタジなのです。

要は見えている事だけ、しかもその表面だけで踊らされる事の危険性を言われるのですが、そんな時代、そして希薄になっていく人との関係性や、自己中心的になっている気質になっていくからこそ、課題解決に向けても、色々な立場や発想、意見の方々が集まって対話を重ねていくダイアログこそが、一番有効な方法だと思います。

という事で、前フリではないのですが、今月20日からの京都流議定書では、いくつかのダイアログを用意しています。

それを多くの方に体感して頂きたいと思いますし、それぞれの分野や課題において、未来への道筋を見つける事ができればと思います。



2012年7月2日月曜日

12'7月ウエダ本社社報


            《第五回京都流議定書の最大の目標》

京都流議定書も五回目を迎える事ができました。

よくもこれだけのイベントを五年も続けて来られたと思います。

多くの方が、一社でこれだけの事ってどうやってできるの?とか、人脈が凄い、という様な点で驚いて頂きます。

しかし私自身も率直な印象ですが、そんな凄い事をやっているという感じがなく、単に、“こうあるべき”と思う事を、多くの皆さんのご協力を得て続けて来たら、どんどん凄い事になって来たというのが本音です。

これは、凡人や小さい企業であっても、強い想いを持って、そのあるべき姿を目指して地道に継続していくと、どんな人でも、凄い事を起こしてしまえるという良い証明であると思います。

そして、皆は、その体現者なのですから、そこに気づき、自信を持って欲しいのです。
折角そんな体験をしながら、日々の仕事の中では、個人も組織も、すぐ諦めたりしていないでしょうか?

最初から自分達を、自分達自身が、下に置いて諦めていないでしょうか?

確かに我々は、物も技術も持っていない、規模も小さなディーラーですが、その尺度で考えていると、これだけのイベントができたでしょうか?

想いを持って、皆で力を合わし、そして周りの方々にもご協力を得て、色々な立場の方、スキルをお持ちの方が集まると、これだけの事ができるし、それを継続していくと、これだけの力となっていくのです。

そこを是非実感しながら本業にも繋げて欲しいと思います。

現状の課題として、理念と現業のギャップという事を上げていますが、京都流議定書も決してウエダ本社にとっては、お祭りでも、お題目でもなく、自分達が大事だと思う事、価値観を発信し、広めていくものであり、現業に直接繋がったものなのです。

世の中の課題は繋がっていますし、当然、殆どの時間を過ごすオフィスや、仕事には、その課題が集約されています。

そこの課題解決を図るのがウエダ本社としての使命であり、存在価値であり、そんな事を訴えかけているのが京都流議定書です。
今回は、運営しているうちの社員達にその感覚を持ってもらう事、それが最大の目標です。

 

2012年6月30日土曜日

ソーシャルビジネスが日本を救う道

今の政治状況を見ていると国政に頼っていては、どうにもならないという事は誰の目にも明らかになっているのではないでしょうか?

その中で、今年の京都流議定書の大きなキーワードを社会起業家としているのは、ここに大きな理由があるのです。

NPOや社会起業家と言われる人達は、それぞれの問題意識に対して特化して向っています。
しかも熱い想いを持って。

国が集めたお金で皆に均等なサービスを提供する為には、大きな政府、つまりたくさんのお金が必要となりますが、少子高齢化が加速度を増す日本では、国に寄りかかっているという構造はもはや限界に来ているのです。

それであれば、それぞれに意識を持って、専門的に取り組んでいるNPOや起業家達を応援していけば、現実的に解決、改善に近づけられる、それが、最近、ソーシャルビジネスが注目されて来ている理由です。

私個人やウエダ本社としても、何故、そんな事をやっているのか?そんな事に関わっているのか?とよく聞かれて来ましたが、実はこれが大きい理由でした。

我々は、あんなに熱い想い、素晴らしい行動力で動けない、であれば、彼らの活動を応援する事によって、課題解決に協力できるではないか?

それが我々の様な存在でも世の中の役に立てる方法なのではないか?そんな理由です。

しかも、残念ながら、日本の場合は、多くのNPOや社会起業家と言われる方々は、社会に対しての課題に熱い想いのみで、ビジネス的な視点が足らないまま行動されているケースが多い為、長続きせず、すると結果的には、幾ら素晴らしい事でも、世の中の為にはならないのです。

ここを何とかできないか?その為には、素晴らしい活動をしている人達と、ビジネス的視点を持つ人達、資金面で援助できる人達を結び付けられないか?そういう場を作ろう、これは3年前から京都流議定書に組み込んだテーマでありました。

それを今年は、一番のメインに据えて、そこにダイアログ、フューチャーセンターという場の提唱と、それを紡いでいくファシリテーターにスポットを当てていくのです。

欧米では、最も優秀な学生が、ソーシャルビジネスを立ち上げるという傾向らしく、ハーバード、スタンフォードなどエリート校もソーシャルビジネスに力を入れているそうです。

日本でも、優秀な若者が、ソーシャルビジネスに参入する傾向が出てきましたが、熱い想いと行動力もある人がビジネスセンスを身につけていく事、もしくは、そういう人達を企業が支えて継続性を持たせる事が、ソーシャルビジネスという分野に厚みを持たし、国に頼らない自立した社会に近づけられる方法だと思います。

もうニュースも党内でもめて、出るだの出ないだの、約束が違うだの、そんな話を取り上げずに、
社会起業や社会起業家にスポットを当てませんか?

そんな想いから、今年の全体テーマを"未来への新潮流~世界を変えていく道筋”としている京都流議定書、取材に来られませんか? 未来は拓けるし、明るい!と感じますよ!



2012年6月23日土曜日

”マジメ”の分析

最近でも、会う方々がフェイスブックや、ブログの事を話題にして頂き、どうしてそんな考えになったのか?と聞かれる事がよくあります。

最近は少なくなりましたが、どこで儲けようとしているのか?とか、何を狙っているのか?とか、ポーズでやっている様に思われるケースもあります。

しかし実は、世の中の為・・的な事を考える様になったのは、最近ではなく、30歳で自分で創業する際には、今ほど”ピュア”?ではありませんでしたので、まずは自分がある程度の成功をしてから、という考えではありましたが、自分で決めた以上の資産は持たず、全て世の中に還元するとか、それを色々な意味でのハンディキャップのある人達の支援に使いたい、などと言っていたのです。

何故、そんな想いを持っていたのかは分かりません。

ただ、やはり、宗教心というのか、人間は必ず死ぬ、という事から発想していて、どうせ死ぬのに、目先の欲や、資産や、快楽や、そんな為に生きていて何になるんだろう?という想いが強く、必ず死ぬのに生まれて来ているには意味があり、という事は、何かできる役割を果たさないといけないし、その役割をできる限り大きなものにしていくのが、人間としてやるべき事(使命)なのではないか?そんな想いを持っていました。

それが存在意義だとか、存在価値という言葉をよく使う理由なのかも知れませんし、自分自身も会社も、存在する限りは、その存在意義を考え、その意義がないと、役割を果たしていない事にもなるので、その存在の価値を高めるべきだと思っています。

そんな発想からの展開であり、それが世間からはCSRとして捉えられ、授業をさせて頂く事になったりするわけですから、大企業の”社会的責任”とは全く違う感覚だと思います。

でも、自分の子供にでもそうですし、社員でもそうですし、少しでも自分と関わった人には、そんな発想を持ってもらえたらと思って、又、そういう話をしてしまうのです。

そんな視点を持てれば、少なくとも、嫌な事や厳しい事に向う対処の仕方が変わって、生き方も変わると思うのです。

ここまでの話は、重くなるので、あまりしないですが、最近、だんだん、”マジメ”なのがバレてきて、よく聞かれるので、ちょっと自分自身の分析をしてみました。



2012年6月16日土曜日

理念に対して

今週は社員面談を行なっていましたが、まだまだ皆に浸透させていかなくてはならない点は、何故、経営理念から発想しなければいけないかという事です。

多くの会社では、経営理念というものは、お題目になっているのも事実ですが、うちの会社では、単に理想を掲げているのではなく、目標であり、うちの会社が存在する意義であり、という事は逆に、そこへ向わないと存在する意義が無いというものになっています。

そういう想いは以前から持っていたのですが、一昨年の京都流議定書でオムロンさんの社憲という考えや、理念と指針の定義を知り、人間としての使命としての基本理念から、何の為に経営するのかという経営理念、そしてそれらから落としこんだ経営指針と行動指針という構成に整理したものが、現在の理念と指針です。

と、いうものなので、うちの会社で仕事を行なっていこうとする人は、それを少しでも早く、深く理解する事が、実は一番、優先してやるべき事なのですが、その理屈がまだまだ腹落ちしていないと思います。

理想郷でもあり、憲法でもあり、航海図の様なものでもあるので、それを理解せず、違う方向でいくら一生懸命動いても、無駄になってしまうのです。

作業と仕事の話もしょっちゅうしますが、成果を出すのが仕事ですから、その為には、目的と行動を一致させていかなくてはなりません。

ウエダ本社として、向っていく所、目指しているモノをよーく見て、それに自分として、得意な物や、やりたい事を関連付けていく事が、その組織に居る限りは、最も、自分自身が楽しく、しかも成果も上げていける方法なのです。

理念を吸収しろという様な事を言うと、何か、思想教育の様に受け取る人も居るかも知れませんが、そんな話ではなく、あくまで、自分自身が活躍し、評価を受けていく為なのです。

会社の方向性にあった中で、自分の得意な事、やりたい事を行なう、しかもその前提である、会社の理念が世の中の為になる事であれば、自分がやりたい事を楽しく行なう仕事が、世の中の為になるのですから、これが一番、生きている価値のある事だと私は思います。

そして、そんな会社にする事、そんな想いの人が集まる会社が、私の理想です。




2012年6月9日土曜日

課題をスタート地点に

昨日は今の時代を感じる事がありました。

京都経営品質協議会のオープンセミナーのゲストは、学校経営品質というものに取り組まれている三重県立北星高校の市川先生でした。

実は今までお目にかかった事はなく、先にフェイスブックでやり取りをさせて頂いておりました。

この日も私は、会場へ入れたのは、講演開始時間丁度だったので、挨拶はできず、席に着く際に会釈だけ交わし、そして、講演後に私が質問した際に初めて、言葉を交わしたのでした。

面白い時代ですよね。

そんな関係性でありながら、お互いのやっている事は何となく分かっていたり、どの様な事を大事にされているのかは、分かっているのですから。

昨日、野田総理が大飯原発の再稼動を表明しました。

この問題については、経済界と環境系の両方に繋がりを持っている私としては、いつも口をつぐんでしまいます。

それは、批判を怖がってという事ではなく、どちらに居ても、どちらの理論を聞いていても、それぞれが正論であるのですが、色々な問題が絡み合っている中、その直接の問題以外の問題や、それを包含した大きな枠組みの中、その関係性などをトータル的に考えないと、意味を成さないと思うので、モヤモヤとしてしまうのです。

そして、単純に二つのグループではないですが、少なくとも、再稼動すべきと原発ゼロを訴える人達が一緒に議論しないと、どちら側だけで言っていても何の意味も無いと思うのです。

解決していこうとすると、今までと違う形で関わっていかないと、前に進んでいかない気がします。

これは原発問題に限らず、近頃や今後も、複雑化されていく中では、少なくとも、0か1か、白か黒かではないと思います。

それを言っているのでは、逆に解決はしていけないと思います。

これだけツイッターやフェイスブックなどが利用され、コミュニケーションの取り方が違ってきて、全く違う価値観が動き始めている中、従来発想で、物事を考えていると、いくら正論を唱えていても、解決には向いていかないと思うのです。

最近、色々連携させてもらっている西村勇也君が、共著で出した”クリエイティブ・コミュニティ・デザインという本の中で、「多くの課題に正解を探すのではなく、課題をスタート地点に未来に向けた具体策を生み出す場が求められています」と書いていましたが、今の課題に対して、未来を良くするという意識が高いという共通項があって、立場の違う人達が、話合っていく事が重要というか、そこからしか始まらないと思います。

そんな事で、今年の京都流議定書は、素晴らしい想いの人、それに引き寄せられる人が集まって、ダイアログを体験してもらい、活躍するファシリテーターを輩出していく事で、未来に向けた新しい潮流を生み出していこうとしているのです。

そんな場を作っていこうとしているのですが、多分、そんなのがフューチャーセンターというものなのだと思います。

という事で、フューチャーセンターって何だ?と思われる方も、それで当たり前ですから、是非是非、お越し下さい!

2012年6月3日日曜日

交差を起こす

昨日は、ご案内の通り、山田知事と深尾、鬼丸、尾角という京都を代表するNPO(ソーシャルビジネス)のリーダーと、それを評価される平尾さんという方とパネルディスカッションに出させて頂きました。(プロデューサーは、こういう事を趣味にされているH社長です)

ランチをして一緒に行こうと、京都駅で待ち合わせていた尾角さんが、Jimukino-Ueda bldg でミラツクの理事会を開く事となっていた西村君と遭遇し、私自身は会っていない所で交差して、尾角さんは私と合流、西村君はウエダ本社へとニアミスして、向かって行きました。

パネルディスカッションは何の打ち合わせも無しですが、山田知事を筆頭に、皆、想い、言いたい事だらけの人達なので、それぞれうまいなあ~と感心させられながら終了。

たまたま開かれていたイオンモール京都のすぐ隣りにあるPHPに、川畑会長率いる沖縄経営品質協議会のご一行様が来られるので、お出迎えをするという交差があった後、ミラツクの理事会終了後に西村君と打ち合わせする事になっていたので、Jimukino-Ueda bldg へ向かいました。

そこには先日四国でお世話になった、ボブ・スティルがーさんや、NO SIGNERの太刀川さん始め東京から数名が来られていました。

又、そんな一日だったので、私は行けなかったのですが、嘉村君はhome's vi 感謝祭を行なっており、多くの人が駆けつけて盛り上がっていた様です。

この一日を見ても京都では色々な事が動いていて、しかも特に元気で有能な若者が多いです。

目の前で繰り広げられるそんな光景を見ながら、私も個人的にはいつまでも若者で居たいのですが、実年齢的には、もっとしっかりして、こういう元気な能力ある若者が活躍していける様にしなくてはと思います。

経済同友会など経済界では、私などは若者とされ、実際、京都経済同友会では、私は現在でも、最年少の常任幹事なのですが、この経済界での”若手”の位置と、うちの会社にHUB的に出入りしてくれる若者達を交差させる事が、私自身が与えられた役割ではないか?と、ここ数年は特に感じています。

そんな交差を起こしていく事、実はそれも、京都流議定書の狙いであり、大きな役割の一つなのです。

2012年6月1日金曜日

12'6月 ウエダ本社社報

《フューチャーセンターを推進する》

先日、フューチャーセンター in 四国というイベントに参加させて頂きました。

フューチャーセンターの事など全く知らなかった我々が行なっている、京都流議定書というイベントや、Jimukino-Ueda bldg のコンセプト自体が、正にフューチャーセンターだと言って頂いての事でした。

フューチャーセンターとは、北欧の知的資本経営から生まれたものであり、長期的な成長を行う為には未来の知的資本を生み出す活動が必要で、それを生み出す場であるとの事です。

何故それが北欧から生まれたか?

それは大国が少なく、目だった産業や大きな資源も無い中、世界を渡り歩いていく為には、知的資本で勝負していくしかなかったからです。

京都商工会議所の立石会頭は、会頭就任以来、知恵産業という言葉でスローガンを掲げられていますが、これなども、京都にはたくさん有りながら、埋もれている知的資本を生かしていこう、特に中小企業はそうしていくべきだというお考えであると思います。

しかしそれは決して京都に限った話ではなく、GDPの成長は望めず、人口減少、高齢化社会を進んでいく日本全体が、労働生産性最大化を目指したビジネスモデルから知的資本経営に大転換しないといけないのです。

その想いは、実は京都流議定書の第一回からの基本的なテーマですので、京都流議定書がフューチャーセンターそのものである、と言って頂けるのは、ある意味不思議な事ではないのかも知れません。

我々の様な、技術も物もないディーラーが、その存在価値を示していく為には、付加価値を高めていくという知的経営しか道はないのです。

京都流議定書、Jimukino-Ueda bldg、今後の日本を担っていく事になるというフューチャーセンターを運営しているウエダ本社の皆には、もっともっと、その自負心を持って欲しいと思いますし、その展開を進めていく事が我々の大きな使命であるとも思います。

今期からその方向に邁進していきましょう!

2012年5月27日日曜日

夢を考える”場”

昨日はフューチャーセンターin 四国というイベントにゲストでお招き頂き、日帰りで高松に行っておりました。

”対話の力で新たなな未来を創造する”というもので、コミュニティー開発に長年取り組まれ、フューチャーセンターという概念において第一人者である、ボブスティルガー氏と、”内省と対話”をキーワードにリーダーシップや組織変革を研究されている香川大学の八木先生がファシリテーターを務められ、8割くらいが20歳代というメンバーの中、色々なメニューで対話を行いました。

何人かの若者が、言われてみれば、夢など考えた事がなかったと言っていた事に、改めて考えさせられました。
 又、”夢っていってもそれぞれで捉え方が違うんですね”という気づきも出ていました。

確かに夢って言われても、ある人は、実現できない様な、正に夢の世界を”夢”と捉えていたりしますし、夢に向って頑張っていますというある人は、”夢”は実現可能なものと捉えていたり、まずその時点から違っていますよね。

近頃の若者には夢が無い・・そんな事も良く聞かれますし、私も感じたりします。

でもふと思うと、我々の年代や上の年代の方が持っていた夢って何なんでしょうか?

物が無かった時代から、豊かになりたい、金持ちになりたいと思って頑張って来られた世代、又、我々世代はバブルを若い時に経験し、その下の世代もネットバブルと言われた時代がありました。

しかしそれは全て、お金であり、結局はモノを求めているんですよね。

今の20歳代前半の人達、世間では失われた20年と言われますが、彼らからすると失われてもなんでもなく、初めからこの状態であったし、かと言って、モノに困っているわけでもないのです。

そんな中で、モノを求める必要が無い彼らを見て、モノを追いかけて来た人達が、彼らには夢が無いというのですが、それが違うのではないか?そんな気づきもありました。

モノを追いかける必要も無い彼らに取って、今欠乏しているのは、繋がりであったり、心の豊かさであったりするので、心の豊かさを追い求める事が夢となっていっているのだと思いますし、社会貢献的な事に入っていく若者が多いのは、そんなところからなのだと思います。

モノであった目に見える夢や目標が無いから、やる気が持てない、生きる意味を見出せない若者が増えている様に思いますが、やはり人は、夢や目標が無いと、少なくともそれを考えてみる事から始めないと、行動していけないのだと思います。

そんな時代だからこそ、まずは考える機会、場を作る事が大変重要になっていき、多くの人が目に見えない心の豊かさから来る夢や目標を見出していけた時に、日本は再度素晴らしい国に動いていくのだと思います。

だからこそ、今後は、ダイアログ、ファシリテーションというものが必要になってくるのであり、その場も含めたフューチャーセンターという概念?が大変重要になっていくのだと思います。

そしてそれを世界でも推進されておられるのが、ボブさんであり、日本でそれを推進されているのが、京都流議定書初日にもお越し頂く野村さんなのです。

その野村さんの呼びかけで、今週と来週をフューチャーセンターウィークとして、日本各地で80ものセッションが繰り広げられます。

自分の周りでも夢を考える”場”を増やしていきませんか?




2012年5月19日土曜日

聖地は遠いものです。

木曜日からある勉強会で長野に入り、金曜日には”聖地”伊那食品さんにお邪魔しておりました。

多分私は五度目だと思いますが、朝の清掃にも参加させて頂いた事もありましたし、伊那食品さんの凄さは、充分分かっていたつもりでした。

が、それもまだまだ上辺でしかなかったと痛感したのと共に、今回は、正に、いい会社を目指そうとする会社にとって、ここは”聖地”であると、思いました。

今まで見た事なかった三つの工場、健康プラザを併設した研究棟、建築中の工場や会議棟など、塚越会長自らご案内頂き、かなり奥底まで見せて頂きました。

儲けようとか、規模を拡大しようとか、そこから発想したのではなく、全ては社員の幸せを願い、急拡大を戒め、年輪経営そのもの、着実に未来永劫成長していく事を目指されている姿が、ポーズではなく、具の根も出ない程、きめ細かく考えられていて、しかも例外なく施されている事が良く分かりました。

誕生日カードを贈るのも良いが、社員に対して一番やるべき事は、会社を潰さない事であり、会社を継続させる為と、皆が楽しくする為に利益を上げ、その利益は、如何に社員が快適になるか?という事に投資をされるというスタイルが首尾一貫しているのです。

元々は大量の水や粉末などで、汚れているのが普通である筈の工場は、精密機械の製造の様なクリーンルームであり、一滴の水滴すら落ちていません。

世界から調達されている海草は、天候などで変動するので、常に安定生産、安定供給を図る為、1年分在庫されています。

又、農業法人も作られていますが、これも自社で使う原料を作る目的よりも、もしもの際、社員の食料を確保するという目的であるそうで、社員全員の1年分のお米も備蓄されているそうです。

工場は全て、敷地一杯に建てるのではなく、自分の所が一番使わせてもらうのだからと、あえて、後ろに下げて建て、市へ言わば提供して、路幅を広く取れる様にされています。

広大な森、リゾートホテル顔負けの敷地も、どこへ行っても、見事に清掃というレベルを超え、木々も含め育んでおられるという感じで、何度実際見ても、話をどこまで聞いても、これらを全て社員さんが自主的に、休みの日も含めて行なわれているのが、信じられません。

社員さんの車はどこへ行っても、木々を守る為の前向き駐車で、しかも車の後を見事に揃えて駐車されています。

これもある社員さんがその方が気持ち良いと言い出された事を、皆で行なわれているのです。

”うちはね、やろうと決めれば、全員が簡単に、継続してやってくれるんだよ。そんな人の集団だ”
と、これまた、簡単に仰る会長。

勿論、今となっては、そういう価値観を持った社員さんが集まって来られる様になっていると思いますが、会長の社員さんをそこまで大切にされる姿勢が、皆さんをそこまでにさせているという事も、現場を見れば分かってしまうのです。

あまりにも遠すぎて、参考にならないですが、聖地ですから、嘆きの壁の前で、悔い改める、そこから再度始めていく事にします。



2012年5月12日土曜日

目に見えない報酬

今週は尊敬する田坂広志さんからメールを頂き、大変喜んでおりました。

一度だけお目にかかった事があり、それを頼りに今年の京都流議定書にご参加頂けないか?とイベント主旨と私の想いを添えてメールで依頼をしていたのですが、数ヶ月も経っていながらも、キッチリとご返事を頂いたのです。

今回、ご出演は叶わなかったのですが、喜んで入れた御礼メールにも再度ご返信頂き、改めてその対応も勉強させて頂きました。

その田坂さんが書かれた「仕事の報酬とは何か」という本があります。

これは、ずっと、日本人の仕事観や職場観を変革したいと思っている私には、ドンスバの内容で、
仕事の報酬には、自ら求めて得るべき報酬と、結果として得られる報酬の二つがあり、本来、収入や地位という結果として与えられる報酬を、自ら求めて得るべき報酬と間違ってしまった事が、日本人の多くが働く喜びを感じなくなってしまった原因であると言われています。

キャリアアップを図ったり、マニュアルを覚えて、手法でお金を得ようとするが、本来、自ら求めるべきは、能力、仕事、成長という三つの報酬であり、それらの報酬を求めない限り仕事の本当の喜びは得られないと言われるのです。

先日うちの会社でも、仕入れ先さんのご協力を得て休日に行なう営業研修の内容が良いので、皆に出てもらい、振り替え休日を取らせるべきか?という相談が上がって来たのですが、私は、そんな有り難い話を用意してもらって、振り替え休日まで取って”頂く”、様な事までしなくてよいし、出たくない人に無理に出て”頂く”必要はないと言いました。

世間でエリートと言われる人、意識の高い人は、休日に自分で高いお金を払ってビジネススクールなどに通っていたりするのに、そんな反応になるというのは、能力、成長という自ら求めるべき報酬を得る機会が用意されているのに、それに参加できるという報酬が見えていない、というそのものなのです。

休日に参加するなら振り替え休日を・・という話なのですから、仕事や働くという事の本質が分かっていない表れだと思います。

一体誰の為に成長するのでしょうか?
誰の為に仕事をしているのでしょうか?

上司や会社の為にやっている、その為に成長を求められ、その為に勉強、努力、しなければならない、そんな感覚の様に思えてなりません。

そんな仕事なんて辛いと思いますし、そんな為の仕事だから、土日の趣味に生きるという話になるのです。

目に見えない報酬を目指す事ができれば、全く、見え方が変わってくると思いますし、生き方が全く変わると思うのですが。

2012年5月3日木曜日

アフリカから世界が見える

先日の祭日に、Jimukino-Ueda bldgで行なわれていた関西大学のゼミ中心のダイアログに、会場の開け閉めの為?に参加しました。

そのゼミでは国際協力などを勉強している人も多いと聞き、それならと、テナントさんでもある、テラルネッサンスに出てもらえないか?と思い、連絡すると、この日は休みで奥さんとお出かけ中だった理事長の小川氏が、急遽出席してくれる事になりました。

どんな集まりで、どんな人達とも分からず、”ちょっと10分くらいで活動をしゃべって”という無茶ぶりにも見事に応えてくれ、もっていたPCで資料をその場で纏めて、素晴らしい話をしてくれました。

丁度先日出版された”ぼくらのアフリカに戦争がなくならないのはなぜ?”という彼の著書を読んで、私も全くアフリカについて無知であり、アフリカに対して無知であるという事は、世界に対して、そしてその中の日本で起こっている事に対して無知であったと思っていましたので、国際協力などに興味を持っている学生さんには、是非、聞いて欲しいと思っての無茶振りでした。

アメリカには銃器販売店がマクドナルドの10倍ある。

世界の武器の9割は英、米、仏、露、中の5ヶ国で取引され、その3分の2はアフリカなどの途上国を対象にしている。

冷戦後10年間で400万丁の小型武器が回収されたが、その間毎年800万丁生産されていた。

などなど、トンでもない話も日本は武器を生産していないから関係ない、と思いがちなのですが、ここがポイントで、アフリカを知る事で、色々な構図が見えてくるのです。

何故、こういう大国が、アフリカに目を向け、元々は、そんな民族でもなかった人々を複雑な憎み合う関係にしてしまったのか?

それら全ては大国の都合であり、そこに自分達にとって都合の良い資源があったからなのです。

その最大の輸入国は、日本であったり、又、直接の資源ではなくとも、100円ショップなどで、安さのみを追求していった中で、我々が買っている中国製の商品は、アフリカのゲリラや戦争で酷い目にあっている人々の犠牲の上に成り立っているかもしれない、いや、そんなケースが多いという事で、我々日本人でもほぼ全員が何らかの関係を持っているのです。

その様な小川氏の話は、流石にウガンダやコンゴに約6年、現地で活動してきただけに、簡単で分かりやすいのですが、説得力が違います。

そして彼は、良い悪いと言っているのではなく、そういう事が起こっている現実を知って欲しい、そして、アフリカだから関係無いという事ではなく、全ての問題は繫がっているという事を理解して、少しでも目の前の課題に立ち上がって欲しいと言うのです。

若干、私見も入っているかもしれませんが、テラルネッサンスや、小川氏、鬼丸氏などとお付き合いさせて頂いてきて、私自身、そこに気づかせてもらいました。

環境問題、原発問題、貧困問題、食糧問題、どんな問題もそれだけで考えていては解決に繫がらないし、ましてや、その問題で対峙する人の事を批判しているだけでは、全く意味を成さないと思います。

全てに繫がる価値観の変革を起こしていかないといけないと思います。

そんな一助になれば・・これは三年目以降、特に強く思っている京都流議定書のミッションです。

私が以前から抱いていた疑問・・  日本において、ジーパンは数百円にしないといけなかったのでしょうか?

売り手の論理ではないでしょうか?

凄い業績を上げて、多額の寄付をする事は確かに立派ですが、こんな構図を考えると、本質が違う様に思います。

お前も、それだけの寄付をしてから物を言え!と言われそうですが、自分もそんな事ができる様になれば、声高にこの事を叫びたいと思います。




2012年5月1日火曜日

12'5月ウエダ本社社報

《 Coの関係の組織 》

二期連続で厳しかった年度が明けました。

40余年お勤め頂いた佐々木さんが完全に退職された他、前期には数名が辞め、そこに新しい人が入り、社内の風景もかなり変わることになります。

今期から本格的にクラスター制で展開しますが、既にそのクラスターで動いてもらっている様子からも、ここ数年のいくつかの課題に対して、かなり有効であると思いますし、その事によって、何人かが成長を見せてくれており、ウエダ本社は確実に反転の局面に入ってきたと言えます。

あとは、スローガンにも掲げている様に、連携、対話、前向きという事を各自、各クラスターが、どの様にできるかを考えて、シンプルに追求してくれれば、今まで苦しんだ分が身になって、一段成長した組織になっていくと思います。

連携は、社内のクラスター間は勿論の事、仕入先様、お得意先様、その他関係する全てのステークホルダーと行なっていかなくてはなりませんし、その為には、それぞれの立場を理解し、その為には、対話を重ねていかなくてはなりません。

対話というものは、単なる会話とは違いますし、上辺だけの付き合いではできるものではありません。

今まで長年お付き合い頂いている仕入先様とも、対話をした事があったでしょうか?

それどころか、私も含めてですが、社員間でも、対話をして来たでしょうか?

何か、全体的に、摩擦を起こしたくないとか、個人のプライバシーだとか、マニュアル化しないと伝わらない為に手法ばかりに捉われるとか、そんな世の中の風潮にも流されてきた様に思います。

今年年初の日経新聞では、“個”から“Co”に移ったという特集が組まれていました。

“Co”という単語に含まれる意味は、”共に“という事です。

“Co”になっていく過程においては、摩擦、軋轢も生まれ、一時的には嫌な感じも味わうでしょう。

しかし、そこで単なる会話ではなく、対話を重ねていくからこそ、真の連携が生まれ、強い信頼が生まれ、パートナーとなっていくのだと思います。

今年度から、風景も変わった組織で、皆が同じ目標に向って、“Co”の関係の組織を作っていきたいと思います。

2012年4月28日土曜日

螺旋階段で上がる

昨日は月末、しかもうちにとっては決算月の最終金曜日というのに、何故か夕方方の会合が三件重なっておりました。

その中でも先約でもありましたのと、やはり今の私には、学びが大事であるので、京都で開かれた盛和塾の関西塾長例会を優先させて頂きました。

最近は毎回そうですが、米国、ブラジルなどからも含め全国から1030名もの方が集まり、二名の経営体験発表を聞きました。

二名の方それぞれのお話を聞いていても、まだまだ自分の想いなど足らないなあと考えさせられる事や、具体的に自社での展開を思いつく事もあり、いつもながら良い気づきを頂きました。

又、それぞれの発表について、稲盛塾長がコメントされるのですが、その中に、JAL再生のお話もあり、これらが又、迷っている事への後押しなどになるのです。

JAL再生に向けて、持ち込んだのは、フィロソフィーとアメーバー経営の二つのみである。
フィロソフィーを使って、皆で会社を守ってくれる様に説いてきたと仰っておられました。

要はフィロソフィーで、自社の価値観や目指すべき山をハッキリとさせ、そこに向けて、皆が自主的に考えて行動できる様に、しかもそれが正しい結果を生んでいるのかを見える様にしていけば、どんな業種であれ、どんな状況からでも、会社は良くなるという事を証明されたわけですから、
我々の様な会社など、やるべき事をしっかりやれば、何とでもなるという気になります。

稲盛塾長はJALを通して、日本の企業が、フィロソフィーとアメーバ経営をしっかり行なうだけで、いくらでも再生し、しかも発展していける事を示す事ができれば、自信を失っている日本にとって、大変大きな事だという想いからも取り組んで来られたそうです。

私は幸運にもその大きな会場の演台の横で、本当に稲盛塾長の真横で聞かせて頂いていたのですが、聞いていて、自社のレベルでも厳しくて大変だなどと思っていた事自体が恥ずかしく、穴があれば入りたいという想いにもなりました。

又、常々、経常利益率は10%を出さないといけないという事を言われているのですが、サブプライムや震災という様な不慮の事があった際にも、その利益率を確保していれば、相当売り上げが落ち込んでも赤字にはならず、しかも、それだけの体質を確保できている会社であれば、少し売上が戻っただけで格段に利益が上がる体質となるという事であり、だからこそ、社員やその家族を守る会社としては、経常利益10%を目指さなければならないというお話には、いつも以上に納得しました。

良い会社の為に、社員やその家族を守り、その幸福を追求する為に、うちの会社もまだまだ、全体に落ちきらないフィロソフィーを徹底し、厳しく楽しい会社にしたいと改めて思いました。

こんな事を想うのも何度目なんだろう?

でもいいんです。

こういう事も直線的には上がって行かず、螺旋階段の様に上がっていくのですから。



2012年4月21日土曜日

信用資産

以前と違って、週一ペースでブログアップしていると、逆に書く事があり過ぎて纏めきれず、かえって書くのが難しいですね。

そんな事を言っていると、じゃあ、毎日書けよ!という声が聞こえて来そうですので、最近共通して感じる事を、一週間のまとめとして書く事にします。

共通して感じる事、それは”信用資産”とでもいうべきものです。

最近色々な事がどんどん繋がって来て、新たな人に会う事も多くなっているのですが、その際、初めて会った方や会社の背景を聞いていくと、共通した人物が出て来たりします。

お互いその人の事を尊敬していたり、目指していたり。
するとそれだけで、お互いが何を大事にしているのかが直ぐ分かり、一から説明しなくてもよくなってしまいます。

それどころか、一挙に距離と時間が縮まり、以前から知っていたかの様な身近な関係になってしまうのです。

先日もある所に行って、そこの展開を聞いていると、鎌倉投信さんにも関わってもらっているという話が出てきました。

私も驚き、”実は、明日行くんです”と言い、それは大久保寛司さんに紹介を受けて、、というと、その方は、今、一番、大久保さんの著書"考えてみる”にはまっていると仰るのです。

初対面で話出して5分くらいでしょうか、もうそれだけで、同志の様な感覚を持ち、自然と一緒にやっていきましょう!という感じになるのです。

勿論、大久保さんや鎌倉投信さんの”信用”は前提ですが、大事なのは、その方向性であり、それに共感できる人(企業)かどうかという事なのです。

それが共感できている人であれば、間違いないと直ぐに信頼(それこそ共感ですが)できるわけで、色々な事が繋がって来たという事は、この資産が増えて来たという事なのです。

本当に有りがたい事に、最近、この外部資産が増えて来ているのですが、本来は、社内での内部資産を高めなければいけないと思います。

社長にとって最も大事な仕事は、企業文化を創る事、そしてそれを浸透させる事だと思います。

松下幸之助さんも、会社経営の成否は50%は経営理念の浸透度で決ると仰っていたそうですが、この”信用資産”を内部で増やしていく事、それに再度、注力していきたいと思います。

2012年4月14日土曜日

正論ではなく、事実として正しい結果

大飯原発再稼動を容認するという方向になりました。

ここでは原発の是非については、感情は別として、私は公開できる様な知識を持ち合わせておりませんので、コメントは控えたいと思いますが、ただ、結論ありきで、進められている様に感じる点はおおいに問題であると思います。

原発がなくて電力が足りるのか?、原発の電力が本当に安いのか?太陽光などを生産するのに掛かる、電力はどの様に計算されているのか?CO2はどうなのか?その電力量、価格で、日本企業は競争力を失うのか?などなど、全てが公開されていない情報の中で、全体を見渡さず、誰もがそれぞれの立場から言っているだけで、どの様に正しい判断ができるのでしょう?

原発問題に限らず、何か問題に対する時、危険だと思う事があります。

それは正論は、現実としては正しくない事を引き起こすという事です。

人を救うべき、人を思いやるべき宗教が、時に戦争を引き起こし、人を殺す事になってきた歴史がある様に、正論は、時に先鋭的になり、他を認めなくなり、根本的な解決には程遠くなってしまうのです。

そしてもう一点、心情、感情と、問題への対処を一緒にすべきではないという事です。

この点は日本人は特に、感情と問題を混在して論議するので、批判で課題解決が見えにくくなってしまうと思います。

原子力についても、その発電の是非は別としても、大変気になる事があります。

一つは、原発が悪者となってしまって、原子力技術そのものの研究を目指す人が極端に減ってしまっている事と、原発の是非を、技術と教育水準の高い日本国内だけの視野で無くす論議をしていて良いのか?という事です。

その間にも中国沿岸部では建設が進められていくのですから、世界全体の枠組みの中で捉えていかないといけないという事です。

どんな事でもそうですが、0か1のデジタル式では問題解決は図れません。

考えるべきは、相手の主張が違っても、自らの利益ではなく、良い世の中を作ろうとする違う立場の人々が、お互いの立場を認めながら連携していく事、これからの世界は、それしか、問題解決は図れないと思います。

相手の立場を理解しない正論は、事実としては正しくない結果に繋がります。

批判しているより、事実として正しい結果を生み出す様、考えていけないでしょうか?

正論ではなく、事実として正しい結果

2012年4月7日土曜日

宝塚デビュー??

先日、元タカラジェンヌの方の講習に参加させて頂きました。

宝塚の厳しさはテレビでも見た事はありましたが、お話を聞いて衝撃を受けるのと共に、今なお、それが守られ、通用している事に、やはりそうか、と思うところもありました。

小さい頃から憧れて来て難関を突破したという事はありますが、音楽院の1年目は、1、2時間しか寝ていなかった、笑っている時間すらなかったという状況下、廊下は壁づたいに歩く(真ん中は先輩が通る)、先輩にはドアを開けさせない(どんな状況でも走っていって下級生がドアを開ける)、先輩が何か行なっている際には、用事があっても話かけず、先輩の様子を見ながらタイミングを見て、話に行く、などなど、先輩の言う事に対しては、絶対服従を求められます。
正に、カラスは白いです!の世界なのです。

そして、先輩などに対してのミスも全て連帯責任、一人の失敗は皆の失敗という事を徹底させるのです。

たくさんの規則は、忍耐力のある人間へ、上級生への規則は、敬い、心配りのできる人間へ、同期内での規則は、信頼感、結束力のある人間へ、という事を求めてのものだという事でした。

上級生は、下級生の一つ一つの行動をチェックし、厳しく指導するのですが、一人の先輩が仮に可哀相と思って注意の仕方が甘くなると、その上級生は又、あなた一人が甘く注意したら、今までの先輩方が自分を律して厳しく指導して来た事が全てパーになるとして、上級生に対しては、その厳しさを求められるとの事で、こういう経験を経て来ると、あの一年目の厳しい状況、怒られ続けた状況の時が一番楽だったと皆思うという事でした。

そして、人を怒るという事がどれだけ力の要る事で、どれだけ自分の事を見ていてくれないとできないかが分かり、怒られる事の有難みが分かったという事で、先輩は後輩を教え導く責任を持ち、後輩は先輩から学ぶ素直さを持つ事を求められるのです。

予科生という下級生時代の通学は、歩き方からカバンの持ち方まで決められているそうですが、ある時通学中に虫が飛んで来たのをはらった姿を見られていて、それも連帯責任を取らされたそうですが、それは、舞台は、毎回本番であり、その時来られているお客様は、一回限りかも知れない中、公演中に虫が飛んで来ても集中していなくてはいけないというプロ意識を植え付けているのです。

そんなタカラジェンヌ達が、SMAP×SMAPで共演し、一緒に踊る収録をしていて、彼らがNGを出した際、”すいませーん、もう一回”などと言っている姿を見て、”芸能界って、こんなので許されるのか”と驚いたそうです。

そんな厳しい状況、教育は、人間性を養う為のものであり、感性を磨く為のものであるという事で、
先輩の動き、雰囲気を見て、察して行動が取れるという感性を磨かないと、そしてそんな人達の集団であり、その人達が結束した形でないと、最高の舞台は作れないという事なのです。

当然、小さい時から憧れ続けて入ってきたという違いが圧倒的に大きいですが、それでも今の一般的な風潮はどうでしょう?

簡単に反論、言い訳をする、教えてもらわないとできない、しかも、それを見える化、マニュアル化できていない事のせいにする、怒られる事、注意される事に慣れていない、又、先輩や上司達は、
嫌われたり、表面上の関係が壊れるのを怖がって、怒らない、人前で怒ってはいけない、注意するのではなく、褒めて、良い所を引き出して育てないといけない、そして、その方向が如何にも正しいという風潮、この様な事に人間としての本質として、根本的には納得し切れていない私としては、
やはりそうなのか、と納得しました。

人の弱みを分かったり、多様性や違いを受け入れる事は重要ですが、短所もハンデも全て受け入れる事と、甘い事は違います。

何か、やはり、優しいという言葉を、はき違えていないでしょうか?
何か、優しいというのが、表面的や偽善的になっていないでしょうか?

98年もの間、全くその思想、指導を変えず、今の若者にも通用している宝塚のお話は、忘れ去られていくというより、そんな対し方は駄目だとさえ思われる今の感覚に一石を投じるお話だと思いました。

全く興味なかったですが、そんな舞台を観てみたくなりました。

この年になって、宝塚デビューでもしようかな(笑)

2012年4月2日月曜日

12'4月 ウエダ本社社報

《 同じ山を目指しましょう 》

今年も新入社員を迎える事になりました。
この厳しい状況下において、人を採用するという事は、大変な想いと大きな決断が必要です。

今年の場合は、一人だけの新入社員ですから、人を人材、すなわち“材”と考える会社からすれば、たった一人入るだけで、大げさな話だと思われるかもしれません。

しかし、新入社員を雇うという事は、その人のこれからの人生に責任を負っていく事になり、結婚や、子供を持ったりしていくと、その家族の生活、成長にも責任が発生するのです。

例え一人であっても、果たして今後何十年、自分はそんな責任を持てるのか?そう思うと、恐ろしくもなります。

働く側はそんな事まで求めていないのかも知れませんし、特に、若い世代は、ずっとその会社で働こうという事は考えていないケースが多い中、取り越し苦労かもしれません。
しかし、日本人の働き方や職場環境をイキイキとしたものに変えていこうとしているウエダ本社では、やはり社員と価値観を共有していく為には、そこまでの覚悟が必要だと思っています。

ただ、同じ価値観を持って、同じ方向を向いているからと言って、同じタイプの人ばかりでないといけないという事ではありません。

むしろ、色々なタイプの人が居て、得意な事が違って、表現の仕方も違う、しかし、同じ山を目指している人達が絡み合う事で、パワーを生み、より強固な組織になると思います。

この一年、ウエダ本社では、今までになかった様な、人の流動化が起こりました。
何人かが去り、何人かが来てくれました。

折角、同じ時期に働いた仲間が辞めていく事は大変残念ではあります。

しかし、目指している方向が違うのなら、やむを得ないと思いますし、ウエダ本社としては同じ山を目指している人の集団にしていきたいと思います。

その価値観を気に入って、今日入社してくれた新入社員にも、是非、自分の役を見つけて、自分の特長を生かして同じ山を目指して欲しいと思いますし、先輩の皆さんには、そのバックアップをよろしくお願いしたいと思います。

2012年3月31日土曜日

上辺の事に惑わされない目

我々中小企業では、年度末においても、地を這う様に、活動しております。

そんな中、東京電力では1兆円もの支援要請というニュースには、やってられないと思われた中小企業の経営者はたくさんおられたのではないでしょうか?

インフラだからという、やむを得ない面はありながら、殆ど独占状態で、思い通りに収益も上げて来て、元々は天災と言えども、酷い状態になったのには、人災の要素が大きく、多くの人々に多大な被害を与えておいて、その資金も、政府に援助してもらえる、しかもそれは勿論税金で・・という構図は、納得のしようもありません。

そんなの、やり得とでも言うか、東電のTOPともなると、日本の並居る大企業のTOPもペコペコしなければならなかった程、イイめを味わってきたのに、失敗して危なくなったら国に支援してもらうというのですから、やり得としか言い様がないと思います。

我々中小企業は、大げさでもなく、命を張って、経営を行なっているのです。

ある種、しょうがいない面はあるのですが、経済界というものは、どうしても売上、規模が大きい会社の方が偉い、凄いと思われます。

会社としてはそうかもしれませんが、イコール、その会社の社長が中小企業の社長よりも凄いかというと、決してそうではありません。

大企業において、昇進してきたという面においては、経験が違いますから、賢くは見えると思います。

しかし、潰れたら、資産は勿論、ひょっとすると命までかけないといけないという中で経営している人と、ゴマすりも含めて、処世術の様なものでのし上がってきた人と、特に危機になった際、どちらの能力があると思いますか?

私の周りでも実際、素晴らしい中小企業の経営者はたくさんいます。

反対に、よくこれでやっているよね?と思う大企業の経営者もたくさんいます。

しかし残念な事に、経済界では、大企業の社長の方が、凄くて、有能に思われ、周りもそういう対応をとっているケースも多いので、いざという時に、全然対応ができないのです。

政治も何故、あの様に情けなくなるのか?

やはりそれも、命を張っている人がいないからで、ホントに処世術という感じで、自分達がどうすれば得かという事ばかりの様に思います。

という事は、処世術に長けて中身の無い人が上がっていかない様にしなくてはならないのですが、その為には、我々一人一人がしっかりとした目を持たないといけないのです。

誰が本当の事を言っているか?真剣なのか?自分に都合の良い事で動いていないか?そして、誰が一番その事に責任を持つ覚悟があるのか?です。

大企業か中小企業か、上辺だけの調子の良い事ばかり言っていないか、自分の立場ばかりを考える人ではないか、など、そんな目でしっかり見る力を持つ事、それが、変化を起こしていく確実な方法だと思います。

2012年3月25日日曜日

明るい未来へ、たくましく、そして、優しく

昨日は、地球サミット「リオ+20」に向けてというシンポジウムに出席してきました。

パネリストでの出席でなければ、多分、出席していなかったと思いますが、それだけに普段お付き合いしている方々とは又違って、結構、新鮮な感覚でした。

純粋にそれぞれで環境問題や国際問題に取り組まれている方々ばかりで、後半にあったダイアログでも、お金は無くとも、自給自足で、皆との繋がりを持って、他人を思いやりながら生きていける世の中が理想、というお話しが多かった様に思います。

自ら行動されている方が多いので、未来に向けても、変えていける、という前向きな考えをお持ちで、それも気持ちの良かった点だと思います。

最近は、NPOなどの他に、ソーシャルビジネスを展開する若者達との付き合いも多く、彼らと付き合っていると未来も明るいという気持ちになりますし、全然違う価値観から、ある時、大変革が起きるのではないかとも感じます。

ただ、原発問題でも他の問題でも、理想論だけでは結局解決にはつなげていけないので、もう少し清濁併せ呑むではないですが、自分達の主張だけを求めていくのではなく、現実的な考えをしていかなくてはならないと思います。

今の若者達も、今までの価値観はおかしいというだけで理想郷を求めるだけではなく、その新たな価値観は大切にしながら、厳しい、強い部分も、持ち合わせてくれると、本当に心強く、明るい未来が見えてくると思います。

会社でも全く同じですね。

優しいだけでは、厳しい世の中、矛盾だらけの世界で生きていけません。

やはり、”たくましく、そして、優しく” ですね。

2012年3月23日金曜日

反転します!

長い間、もがいてきましたが、漸く、組織として、精神的には底を脱し、反転してきた様に思います。

目に見えた成果として出てくるまでには、まだスンナリとはいかない面もありますが、今の意識を続けていれば、間違いなく浮上すると言えます。

何故、そんなに自信があるか?

それは逆に言えば、今までができていない事だらけであったので、ホントにちょっと意識を変えるだけで、確実に上がり目になるからです。

来期向けに考えた、連携、対話、前向きというスローガンを、今から即実行と発表してから、皆が意識して行動してくれているのが、目に見えて分かり、実際、連携と対話で、良い事例も出てきています。

いつもご指導頂いている川畑会長が、新入社員には、注意された際、”有難うございます”と言う様にと、教育されているとの話をして以降、私が注意した際に、そう言う様に意識してくれている社員が何人も出てきていますが、嬉しい事に、ベテランがそれを実行してくれたりしています。

個人、個人で動いていたベテラン勢が、その経験や知識を共有する様に心がけてくれ、そこにやる気のある若手、言うだけの私の想いを実行できる様に仕組み化してくれようとするスタッフも絡んで、本当に遅まきながら、組織化に向けて動きだしてきた感じです。

素晴らしい会社さんからすれば、何をレベルの低い事を言ってるの?と驚かれるかもしれませんが、多くの中小企業では、こんなところでもがいているのだと思います。

まだまだ私自身が走り回っている状況ですが、社内での対話と、色々な連携、パートナー作りに力を注いでいきたいと思います。

TOPが優先する事に、時間を割く、という事で、”対話”にもっともっと時間を割いていきたいと思います。

という事で、ブログについては、まだまだこんなペースで、ご勘弁下さい(笑)

2012年3月16日金曜日

未来への道筋

経営品質系で素晴らしいとされている会社やその方向を勉強していっての弊害?かも知れませんが、引っ掛からなくていい点が気になったり、むしろそこを一番重要視したりという体質になってしまっています。

そんな自分スタンスでは駄目だろうと思ってしまうのですが、実業界においては、まだまだそんな自社スタンスの会社が多いですね。

よくもまあ、抜けぬけと、お客様スタンスなんて言うよなあ、と思う会社、ケースも多く見られ、先日もそんな事で、ある仕入先のTOPの方に意見?をしてしまいました。。

以前から現場でクレームがあり、その対応があまりにも自社スタンスなので、それは会社としてのスタンス、考えなのか?と言う事で、TOPにお越し頂いたのですが、TOPもその様な考えだった様で、なかなかこちらが何を問題視しているのか?についての真意は理解してもらえなかった様です。

しかし、こういうクレームの場での自社スタンスの説明って嫌ですよね。
そして火に油を注ぐのに、それをやれてしまうのですから、ちょっと驚いてしまいました。


3.11以降、価値観の変革が叫ばる中、日本の名だたる大企業が発想を大転換してくれないと、日本もなかなか厳しいと思いますが、ソーシャルメディアなど大きな地殻変動も起こっている中、
中小企業にとっては、かえって面白い時代に入ると思います。

その辺りは、今年の京都流議定書でも発信していきながら、未来への道筋を探してしきたいと思います。

2012年3月3日土曜日

北城さんセミナーと大久保さん

いつも色々ご指導を頂いている大久保寛司さんからお声掛け頂き、参加させて頂いた日本IBM最高顧問の北城氏のお話は、今の私にとって、大変貴重なものでした。

1993年238億もの赤字に陥った際に社長に就任された北城さんは、危機が改革のチャンスと、お客様志向、情報産業の変革をリード、自由闊達という3つのポイントで事業モデルと社内風土を変革されていかれたのです。

1990年には7割がハードでサービスの売上が15%というところから、2009年にはサービスが8割というビジネスモデルの大転換を行なって来られたお話、しかも、米国系でありながら、お客様志向という視点に転換し、結果を残して来られた北城さんのお話は、経営品質という方向で、お客様スタンスを標榜しながら、まだまだ実業と遊離していてお題目レベルから抜け出せず、関わり方にも悩んでいた私にとっては、大変明確に、理解でき、決心させて頂く事ができたものでした。

特にこの数年、私自身の関わりについて、社員の自主性を重んじる為、社長が口出ししてはいけないという様な方向性、特にうちの会社の場合は、社員ほぼ全員で、経営品質の方向性も学んでいる事から、社員も一緒に、社長が口出しをすべきではないという様な教えを聞いている事による弊害も感じており、そのバランスにいつも悩んでおりました。

そのポイントについても明快で、それらは組織の段階や、置かれている環境で全て違うとの事で、
余裕がないのに、口出ししないなどと言ってられる筈もなく、大事なのは、社長が自分のマネジメントスタイルを作る事というお話でした。

北城さんの魅力は、全て数値化を求める様な外資系の厳しさを経験されながら、日本的強みも理解され、しかも何よりも実践され、実績を上げてこられたというところであり、それだけに自分ができていない事でも、やってみようとする対策が浮かび、反対に、自分で行なっている事では、これで良いのだという納得感も持つ事ができ、色々な事が一気に明確になりました。

最も私ができていいなかったポイントは、価値観の変革を唱えながら、そこに誘導していく為の仕掛けができていなかった事です。

価値観は言っているだけでは変えるのは難しく、仕事の仕組みを変え、それを回していく事、その体感を持って初めて価値観は変わっていくとの事でした。

そして、優先するという事は、そこに社長が一番時間を割くという事。

北城社長時代では、お客様満足と掲げている以上、会議でもお客様満足について殆どの時間を費やしていたとの事でした。

又、組織を動かしていく為には評価が重要で、評価については、客観性や科学的根拠などを考えるとうまくいかず、社長の思いで良いという様なお話で、これなどは、机上で話される”先生”では
有り得ないお話でした。

他にも、何を競争の源泉にするのか?
お客様の期待値の設定について、などなど、色々なお話がありましたが、やはり実践の”本物”のお話なので、全てが直ぐに役立つという感じでした。

その北城さんがIBMを改革していくに当たり、大久保さんを抜擢されてCSを進めて来られたのであり、その大久保さんに常にご指導頂いている私やうちの社員達は、本当に恵まれていると改めて感謝できた一日でした。

北城さん、そして大久保さん、有難うございました。




2012年3月1日木曜日

12'3月ウエダ本社社報


《再度、自分自身を見直して》

早いもので、東日本大震災から1年が経過しました。

実際に被害に遭っていない地域の人達(我々も含めて)は、もう全く平常、何も無かった様な気分に戻っていないでしょうか?

3.11以降、物質的な欲求や、日本として追い求めてきたもの、生きるという意味など、価値観が変わったと言われていますが、被災していない人達は、本当にどこまで、変わったでしょうか?

被災地では、更地のままというところが殆どであり、福島では、全く手付かずのところも多く残っており、被災地の感覚と被災していない地域の人々の感覚の差は広がっている様に思います。

“絆”が強まった様にも言われますし、確かに、一部では素晴らしい活動を行なっている人達も増えていると思いますが、全体的には自分都合が進んでいるのではないでしょうか?

日本全体の雰囲気は、うちの社内にも置き換えて考えられます。

世界の中で、日本が今までの価値観では通用しなくなっているのに、危機感の欠如や、国家観、言わば理念の欠如から、変革していけていないと思います。

ウエダ本社においても、理念は明確であると思いますが、皆の中で、目指すべきゴールが共有化されていないので、目先の事ばかりに追われ、いつまでも変革しきれていない状況だと思います。

コミュニケーションが取れていないという課題も、本質的には自分の事しか考えていないというところからくるのだと思います。

自分の事だけに追われていると、自分の為だけにやっていると、当然、周りが見えなくなり、結局は、全体から見れば、全く意味を成さないという事に陥るのです。

世界の中で日本がどうあるべきか?日本の中で、ウエダ本社がどうあるべきか?自分の為、自分の都合だけで考えるのではなく、全体の中で、自分がどの様に動いていけば良いのか、それを考えていく事が、実は、自分の為にもなるのです。

1年を迎え、再度、今、普通に働き、生活を営んでいる事、人の縁に感謝し、生き方、働き方を見直して欲しいと思います。

2012年2月24日金曜日

ブログ減らさせて頂きます!


東京からです。

ここのところ、空いた時間は営業に出ている事もあり、社内に居る時間も少なく、時間に忙殺されているという感じそのものです。

その中でも何に時間がかかっているかを考えてみると、ブログや最近は特にフェイスブックにかなりの時間を取られています。

あえてこれを行なってきたのは、二つの理由からです。

一つはブログだけの頃から意識してきた事ですが、自分自身が広告塔となって、ウエダ本社の考えや、価値観を知って頂き、少しでもファンというとおこがましいですが、当社に注目して頂く人、企業を増やしたいという理由からでした。

自ら露出していき、先頭切ってという感じなので、いかにも自分でやりたいタイプと思われがちなのですが、本当の所は、私自身はプロデューサーで居て、現場は皆にやって欲しいのです。
今までは、マネジメントをする岡村が、ウエダ本社内のリソースを見て、使えるカードが少なかったので、社長岡村というカードを広告塔として使っていたというのが本当の所なのです。

二つ目はフェイスブックについては、ツイッターよりもビジネスでの活用が見込まれるとの事でしたので、自分がその体感するという事を目的に、結構時間を費やしていました。

この間、ウエダ本社では、なかなか底を打たず、色々な事で課題噴出の状況でそれはまだまだ現在進行形です。

しかし、私自身には、ようやく光が見えてきています。
この方向へいけば、ここへ皆の意識を結集していけば、面白い展開ができる!
そんな展望が描けてきています。

という状況下でのここら約1年は、色々動かしていく事もあり、先頭切ってという時間を社内に向けていきたいと思います。

光が見えてきている中、そこに結集させていくには、まだまだ組織固めができておらず、これからの方が、ゆらぎというよりも激震というものを、あえて起こしていかないといけないと思います。

外部向けの広告塔という意味では、お陰様で、特にブログでは、考えに共鳴し頂き、その事からビジネスや、連携に繋がっている例も多々あるのですが、ここからは暫く頻度を減らしていきたいと思います。

また、いずれ力を入れるステージが来ると思いますので、止めるという事ではなく継続はして参ります。

ただ、頻度が少なくなると思いますので、楽しみにして頂いている方々には、お詫びかたがた、事情説明とさせて頂きます。

次に又、ブログを頻繁に書かなくてはいけない段階と言えば、新規のお客様、パートナーが増え、或いは開拓中で、当社の考え、価値観を再度発信していかないといけないタイミングだと思いますので、逆に言えば、皆で一致団結して、そういう時期が早く来る様にしたいと思いますし、実際の所は、社員の皆は、早く、私の目、活動を外に向けさせたいと思いますので、その意味でも一致団結して頑張って欲しいと思います。
(この作戦が一番、効果的かも(笑))

2012年2月18日土曜日

人間関係には優しく、ルールや仕事には厳しく

先週末の沖縄から、かなり濃い時間を過ごさせて頂き、ずっともやもやとしていた事が、明確になり、決心がつきました。

経営品質系でいう、良い会社にしたいと勉強している人からすると、先週からの私は、夢の様な1週間だったと思います。

沖縄では鬼澤さんと、阿麻和利以外にも、ぬちまーすを一緒に見学させて頂いたり、沖縄教育出版の秋山さんとも食事をしながら、色々話を聞かせてもらいました。
沖縄教育出版さんに行って川畑新社長にも会い、会長からはじっくりお話を聞かせて頂きました。

そして今週は、伊那食品の塚越会長ともお話させて頂き、大阪支店長とはじっくりお話させて頂きました。

それらを通して、自分自身がここ最近ずっと、社員に対してハッキリ物を言えていない事に気づきました。

というと、又、色々な所から突っ込みを受けると思いますし、このブログを見て、突っ込んでいる人の顔が浮かびます(笑)が、でも実際、そうなのです。

社長が言ったらいけない、気づかせないと、という教えが呪縛となり、何か、遠慮して中途半端な関係で、社員としっかり向き合えていなかった様に思います。


日本一楽しい朝礼で自由闊達なイメージの沖縄教育出版さんや、営業ノルマ無しの伊那食品さんの厳しさや、それを生み出している仕組み、仕掛け、そして何よりもTOPの強烈な思いを感じる事ができ、この数年間の停滞は自分にあった事がよく分かりました。

状況は全て違うし、講演やセミナー通りにやって、うまくいけば苦労はしません。

私自身、塚越会長、川畑会長、あの人間力がなせるわざ、真似しようもありません。

しかし、その反面、それぞれの幹部の方に聞いてみると、今の状態は、一日にしてできたのはではなく、長年かかって作られてきたのです。

遠慮せず、感じた事をそのまま言う事から、それを言える濃い関係性構築から、再度、やり直したいと思います。

”人間関係には優しく、ルールや仕事には厳しく” 川畑会長から教えて頂いた言葉、肝に銘じます。

2012年2月13日月曜日

肝高の阿麻和利で三回連続KO

まだ、沖縄におります。

フェイスブックにも速報?を上げていました様に、今回はまたまた内容が充実し過ぎて、恐ろしいほどの状態でした。

書き出したら、何日もかかるので、こういう時には、素晴らしい方が纏められたものを見て頂くのが良いと思いますから、是非こちらをご覧下さい。http://ameblo.jp/onikko-nikki/entry-11161821419.html

これは怒られそうですが、実際、それぞれについて一番詳しい方のものを、まず知って頂く方が理解を早める得策だと思いますので(笑)

私は肝高の阿麻和利は三回目で、今回は流石に、もう泣くなんてないだろうと思ってのぞみました。

実際、鬼澤さんにご案内頂いた、勝連城の事前学習や、前二回の記憶も手伝い、内容もよく理解できていましたし、その余裕から、会場で踊っている子らの足元や指先や、表情などを見比べていたり、細かい所を見て楽しんでいました。

しかし、その細かい所をチェックしていても恐ろしいのですが、ちょっとした立ち方や出し方が見事に揃っていますし、指先などは綺麗に伸びており、これらが、いかに集中して、自主的に行なってきた事かを表していました。

三回も同じ演目見て面白いの?そう思われるでしょう。

又、この土曜日昼の公演の主役(阿麻和利)は、卒業する生徒ではなく、引き継ぐ側の生徒ですので、初阿麻和利で、正直、声の出し方がバラバラで、踊りなどでの動きが失敗しない様に気遣っているので、小さく、切れが悪かったですから、前二回より、良くないじゃないか?と普通はそう思うでしょう。

ところが、そこが阿麻和利の違う所で、大人数で踊るクライマックスに近づくにつれ、皆がイキイキとし、躍動感に溢れ、自信を持っていく、そんな様が見て取れるのです。

そしてプロや大人の劇団との一番の違いは、学生ですから、毎年、卒業していき、主役も変わっていっているという事です。

要は、しっかり引き継いでいかれないといけないのです。
しかもプロでもなく、やっているのは学校の勉強が殆どの公立の中高生達です。

今、何もやる気が無いと言われる世代の中、あの様に、短期間で、見事に継承されていくという事は、想像ですが、ほぼ、いや全員が、自ら楽しんで取り組んでいないと、あんな事にはなり得ないと思うのです。

そんな背景や、心情や、それを実現させているプロデューサーの凄さなどを想像していると、ドンドン引き込まれ、最終的には、分かっている内容なのに、涙しているのです。

三度目でもやられました。

隣で七度目か八度目の先輩はもっと早くから、やられておられましたので、私などは当然かもしれません。

人が真剣に物事に打ち込む事、一人が二人、そして集団が真剣に打ち込んでいく姿は、格好イイし美しいものです。

それが中高生なのですから、微笑ましくもあり、頼もしくもあり、日本も大丈夫だという希望を持たせてもらえて、こちらが元気になるのです。

一人が真剣に打ち込んでいくことが複数になり、集団になり、そうなっていけば、見る人に勇気や夢を与える事になっていくのです。

それが、もし、そこかしこで起きていけば、それを中小企業や、小さな町でも起こしていく事ができれば、日本も希望だらけの国になる事ができると思います。

そうなる為にも、一人から、まず自分から、行動していきましょう!

2012年2月10日金曜日

心の洗濯

ちょっと又、間隔が空いてしまいました。

今朝から沖縄に来ております。

那覇到着までの、関空までと飛行機の中で、かなり集中して考えを纏める事ができました。

普段の状況と環境を変えると、全く違う時間を過ごす事ができますね。

私は、貧乏性が染み付いているのか、何も予定無く過ごすというのが、あまり得意ではなく、出張などでも予定びっしりでないと罪悪感を感じてしまうのですが、今回は、土日を挟んで日数も長い分、ゆったりとしたペースで過ごせると思います。

今日は、我々のある部分、同業の会社に訪問しておりましたが、これも沖縄の地域性もあるのか、
凄くシンプルなのですが、目から鱗の気づきを頂きました。

やはり緊張と緩和、普段、ずっと考えていて、走り回っていて、たまに、環境を変え、少し抜いてみると、いきなり考えが纏まったり、すっと答えが出て来たりするのでしょうね。

それも沖縄の土地、空気感もあるのかも知れません。

明日は、肝高の阿麻和利の卒業公演に行ってきます。

又、心が洗われると思います。

そう、やっぱり心もたまには洗濯しないといけないんですね。

2012年2月4日土曜日

熱くなれ、京都人

昨日はフェイスブックの上場が話題となっていました。

これだけの短期間に、これだけ世界を激震させたのですから、当然であり、ツイッターは頑なにやらなかった私も、フェイスブックには、時間を奪われ、その分、ブログが疎かにもなっています。

ただブログも、最近でもまだまだ嬉しい効果が相次いでおり、しっかり継続していかないとと思っております。

先月になりますが、”天国に一番近い病院”と言われる川越胃腸病院の小川部長さんと名刺交換させて頂いた際、私の名前を見て"知ってますよ、人見さんのブログでよくお名前見ております”と言って頂きました。

人見さんのブログも、100キロウォークへのプレッシャーばかりではなく、たまには役に立つな~(笑)と思うことがあったり、フェイスブックも併用していると、”ブログを見ています”という事で友達申請を頂く事もよくあります。

先日もある京都の老舗企業の社長さんから、”ブログを見て感動しました”とわざわざ友達申請を頂いたり、就活をしている学生さんが、ずっと読んでくれて、いたりと、ブログとフェイスブックの相乗効果はかなりあると思います。

又、先月、105歳の祖母が亡くなった事を書いていると、わざわざ門川市長が連絡を頂き、大変驚くと共に、私などにまで、そこまでの気遣いを頂く事に感激と共に、感服致しました。

別に選挙前だからではありません。

普段から、こんな細かい配慮をいつも頂きますし、私などにまで、と言いましたが、もっと若い世代、学生さん達にも、分け隔てなく対応される門川さんには、明後日の選挙で、正当な評価を受けられて、まだまだ活躍をして頂きたいと思います。

市内に居ても、選挙があるのか?という程、静かな感じがしますが、くれぐれも、世界の観光都市の京都が、恥ずかしい低投票率にならない様に願いたいと思います。

最後は、投票へのお願いの様になりましたが、多少は、このブログも影響を持っている様ですので、少しでも投票率UPのお役に立てれば幸いです。

"京都の人は熱くならない(冷めている)”と他府県の人から思われない様、地域から変える、自ら行動するという意思を、表して欲しいと思います。

2012年2月2日木曜日

嬉々として

先日、内務の女性と昨年末に卒業(退社)した女性がパリに行き、大変充実した様子で帰ってきました。

この二人、実は私が人生を変えてしまった?とも言えるのですが、事務職で居た二人に、何かやりたい事はないのか?と問い続けてきて、ある時から、二人とも花に興味を持ち、それぞれ勉強してきたのです。

別に事務職をバカにしているのではありません。
ただ、仕事を続けていこうとすると、どうしても単なる事務職の場合は、常にパート(時給)の人やソフトなどとの兼ね合いで、ある意味天秤にかけられてしまうので、何かやりたい事を見つける様に言ってきたのです。

一人はそれが利きすぎて?そのまま、うちを退職し、その世界で仕事したいとなってしまったのでした。

その二人が、パリで活躍されている日本人のフローリストに教えてもらいに行っていたのですが、うちの社員の方も、出社して来た日から満面の笑みで大変充実した様子でしたし、卒業していった女性も、帰国後報告のメールをくれ、その文面から、楽しくってしかたない!という充実感が漂っていました。

何の為に生きているの?何の為に働いているんだ?そんな事をしょっちゅう社員達には投げかけてきて、それに反応し、正にイキイキとしてくれた姿を見ると、大変嬉しいのですが、同時に責任も感じます。

本当は、卒業していった彼女には、いずれ、うちの会社で花に関した事業をやろうと言っていたので、実現できず残念でもあり、今、希望のフラワーアレンジメントの仕事に就き、お金じゃない!と嬉々として働いている話を聞くと、本当に良かったという気持ちが交錯します。

又、同時に、イキイキとした職場を作ろう!としている我々がそんな気持ちで仕事をしているのか?
私においても、思う様に改革が進まない中、気がつけば、彼女達の様に全然楽しめていないという事にハッとさせられました。

本当に、皆が、やりたい事、得意な事、それを楽しくてしょうがないという状態で、仕事ができる環境を作れないものか?そんな集団で仕事ができないものか?そう思います。

皆、自分の得意なスタイルで、好きな事を追いかけませんか?
そして私も含めて、嬉々として仕事ができるよう、何の為に?を問い直しましょう!

2012年2月1日水曜日

12'2月 ウエダ本社社報


《少子高齢化の時代のチャンス》

厚生労働省から将来の人口推計が発表されていました。
それによると、36年後には日本の人口は1億人を割り、2060年には8674万人にまで減るとの事です。
50年間で東京を含む関東地方の人口が消滅してしまうという話ですが、それと共に、高齢化も進行し、2060年には、総人口に占める65歳以上の割合が39.9%となるそうです。


昨年に日本人の人口が減少に転じるという、大げさに言えば、近代社会において人類史上で初めての経験を我々はしているのです。

誰がどう考えようと、今までの価値観や、ビジネスモデルでは通用する筈がない時代に入り、しかもここらは加速度的に、今までの価値観で考えると落ちていく事になるのです。

しかし、日本や日本人にとって、果たしてそれは不幸な事でしょうか?

少なくとも、技術も持ち合わせていない我々の様な中小企業では、逆に大きなチャンスではないかと思います。

大転換期であり、今までの価値観が通用しなくなるのですから、規模で負けていたり、技術がなかったりする所では、それらがリセットされるのです。

技術は、どんどん真似をされる大変な時代だと思います。

その中で、日本や日本人の特性である、きめ細やかさ、気配り、目に見えない付加価値、これらこそがグローバルでの競争においても、真似のできない、日本が生かすべきポイントだと思います。

そこに目を向けていくなら、果たして、高齢化社会は、悪い事ばかりではないと思います。

人口減少、高齢化社会に向かうに当たり、最も日本が得意とする、気遣い、間合い、空間など、目に見えない価値が生かせる時代であり、それこそが日本のやるべき事、世界に対しての日本の果たすべき役割だと思います。

その日本の中で、凝縮された京都という土地で、我々は、正に、その価値観の変革を唱え、日本人の働き方、仕事観を変えていこうとしているのです。

京都流議定書を始め、ずっと唱えてきている我々が、唱えているばかりではなく、自らそれを実践していく事、その我々こそが、少子高齢化に向かう世の中を変革していけるのだと思います。

2012年1月29日日曜日

この国を変えるには

国政では、新党結成などの動きもありますが、期待を持てる人があまり居ない様に思います。

橋下大阪市長に皆、摺りよっていきますが、人気ある人に擦り寄るよりも、何故人気になるのか?国民は何故、応援するのか?を考え、反省し、変わろうとするべきではないでしょうか?

橋下さんの事は、直接お話をした事もないので、分かりませんが、やはりどれだけ批判を浴びようと、敵を作ろうと、正しいと思う事をやりきろうとする所、本来はリーダーとしては当たり前の姿勢を貫いている所が評価されるのだと思いますし、逆に言えば、政治であれ、経済であれ、どういう世界でも、そういうリーダーが居なくなっている所が、寂しいと共に、恐ろしい事だと思います。

批判を覚悟しないと何もできないし、責任など取れる筈がありません。

責任を取るつもりのない人がリーダーになったり、責任を負うつもりの無い人が、批判だけしていても良くなるわけなどないのです。

責任を負うというのは、この国の総理大臣や大企業の社長の様に、辞めれば良いという事ではありません。

責任を負うとは、どんなに非難を浴びても、自分が悪者になろうとも、全体の事を考え、この国や集団の為になる様にやり抜く事だと思います。

そんな姿勢に期待が持たれているという事が、国会議員さん達には、殆ど分かっていない様に感じます。

橋下さんの行動は、国を変える為には、地方から変えていかないといけないとの考えからだと思いますが、それしか、この国を変えていく方法は無い様に思います。

来週、京都でも市長選挙があります。

前回でも37%という低い投票率でしたが、今回は、現市長と共産党推薦候補の二人の戦いという事で、関心は低く、前回よりも投票率が下回るのではないかと予想されています。

世界に誇る京都市がそれではあまりにも恥ずかしいので、是非京都市民は、日本を考え、その為にも京都を考えて欲しいと思いますし、京都の為に、身を粉にして動いてくれる人を選んで欲しいと思います。

どんなリーダーであれ、100パーセント支持される事はありませんし、考えも違う事もあるでしょう。

リーダーとして見るべきポイントは、その取り組もうとしている事に一番真剣かどうか、私心はないかどうかだと思います。

国政でのリーダーシップの欠如を嘆いているより、まずは自分の住む地域のリーダーをしっかり選んでいきましょう!

2012年1月25日水曜日

いい会社を増やしましょう!

昨日、以前からうちで開催しているイベントやセミナーにご参加頂いている方から、ある事で発注頂き、”ようやく、お取引することができました”とコメントまで頂きました。
しかも、その間の何度かのやり取りで、うちの電話対応などが気持ち良いと、お褒めの言葉も頂き、大変嬉しかったです。

メーカーでもない中小企業の我々が、出入りさせて頂く企業さんにメリットを感じて頂く為には、まずはうちの考え方や価値観を気に入って頂かないと話が始まらず、そもそもそれができないと、うちの存在価値など有り得ないと思います。

このブログや、フェイスブックについて、”あれだけよく書いて偉いですね”とお褒め頂くのですが、小さい規模で、何の技術も持っていない会社ですから、まずは考え方、価値観を発信し、ご理解頂けるところを増やす事が、社長としての一番の役割であり、偉くも何ともないのです。

そんなつもりで取り組んでいるだけに、金額の大小ではなく、ウエダ本社の取組や姿勢を気に入って頂いて、何とか商売してやろうと思って頂ける事が何よりも嬉しいし、価値が分かって頂ける所があるという事こそが存在価値なのです。

物の勝負、物売りでは、大企業が有利に決っており、メーカー直接が良いに決ってますよね?

BtoB という、法人相手の商売では、殆どの場合、値段が優先であり、大企業は1円でも安く買う為にあの手この手を使います。

確かに生きていく為には当然であるし、甘い仕入れをすべきではなく、又、納入する側もそういう厳しい状況の中残っていける会社でないと、存在価値はないのだと思います。

しかし一方で、あまりに極端に値段ばかりに走り、その付加価値を一切認めず、厳しくする事が優良企業の証と勘違いしている、世間一般では、優良企業とされている所が多くあります。

コンペで企画を募り、その企画で通った物を皆に公開して値段を競わせるという事を平気で行なう”優良”メーカーがありますが、メーカーであるのに、自分達が仕入れる際には、企画や提案の付加価値を認めないというのは情けない限りです。

そんな事を徹底している"優良"企業が、「顧客スタンスに立って」とか、「パートナーと共に」とか、平気で言っているのです。

こういう所から変えないと、価値観の大変革を行なわないと、日本は変われないと思います。

その為には、消費者である我々自身も、単に値段だけではなく、その会社の姿勢を見て、物を買う様にならないと、企業も変わりません。

その値段で販売する為には、どんな国でどんな調達をしているのか?

途上国で子供達を安い賃金で働かせている事によって成り立った安値販売で得た利益を、良い格好して寄付をしているという、良いのか悪いのか、分からない事も起ってしまうのです。

元世界銀行副総裁の西水美恵子さんが、ブータン国王にまで、その存在をお話された伊那食品さんでは、パートナーと決めている商売については、相見積すら取られないそうです。

どんな事をしても自社さえ儲かれば良い、そんな発想を無くしていかないと、これからの日本は、落ちる一方だと思います。

我々は弱小ながら、BtoB の世界に身を置きながら、何とか、この価値観を変えていきたい、その想いから続けている活動を、評価して頂き、お取引頂けた、本当にありがたいお話です。

いい会社を目指しましょう! そして、いい会社を増やしましょう!

2012年1月21日土曜日

天国に一番近い病院

昨日の鬼澤さんが行なわれている実践塾の講師は、”天国に一番近い病院”というと変ですが、”あそこで終末を迎えたい”或いは、一人住まいのお年寄りが、自分が救急車で運ばれる事があれば、”ここにお願いします”という貼紙まで用意される程の絶大なる信頼を得ておられる、川越胃腸病院の小川総務部長さんでした。
 又、この病院は、あのホスピタリティーの代表格でもあるリッツカールトン、その日本支社を立ち上げられた高野さんが行かれた際に、”我々は今まで何をやって来たのだ”と言わしめたところであり、ホスピタリティーの最高峰と言っても過言ではないところです。

それを示すかの様に、今年の経営品質賞を、今までの最高得点で受賞されたそうです。

その推進役でもある小川部長さんも、お母様をこの病院で亡くされ、この病院で働かれる前から、何と素晴らしい病院だと思っておられたそうです。

ここに至った要因は、院長につきると言われてしまうので、いつもにも増して、聞いている経営者は居場所がない想いでしたが、やはり”小規模であっても社会的価値を創造し続ける事ができる病院”を目指して来られた事が一番であり、その強い意志とビジョン、そしてそのビジョン実現に向けての日々の地道な実践、この両輪を回して来た事が理念が深く浸透した要因との事でした。

スタッフの心が豊かになると、”嬉しい”と感ずる基準が下がり、より細やかな感性を持つ事により、サービスの質と働く幸せの両方が増えるとの事でしたが、この”嬉しいと感ずる基準が下がり”というフレーズが出てくる事が、凄い組織ですね。。

逆の組織は、確かにその反対に、不満のレベルが下がり、感動、関心、反応の薄い組織だと思います。

その要因の源は、望月院長の人間力であり、その院長の見せられる背中が皆をリードし、その全幅の信頼を得た院長が、”楽だけど達成感がない職場はいやだよね。仕事は厳しくても心辛くない職場を目指そうね。”と語りかけられるそうです。

そりゃ、良い感じになりますよね。 理屈はよーく分かります。

TOPが違い過ぎるか。。と諦めては何も始まりません。

逆転ホームランはなく、強い意志とビジョン、そして地道な実践しかないのですから、こういう凄い人、組織を見ても、落ち込まず、顔を背けず、歩を進めるのみです。

自分で目標を見つけて、トライして、話し合う事が楽しいという組織風土を作る事が重要と仰っていましたが、正に理想、そういう会社になりたいですし、そういう会社を増やしていくことが、ウエダ本社としての強い意志であり、ビジョンです。

そこはしっかりあるので、後は、やっぱり、私の人間力ですか。。

2012年1月19日木曜日

”大槌ブランド” 復興刺し子Tシャツ

今日はJimukino-Ueda bldg セミナールームで、テラルネッサンスさんのテラ・カフェが行なわれていました。

今回は、岩手県遠野事務所の吉野さんと関さんが現地での活動報告を行なうというものでした。

昨年6月、大槌、陸前高田に行きましたが、その際に案内してくれたのは吉野さんで、その頃から刺し子プロジェクトは始まっていました。

プロジェクトや商品については、このサイトhttp://tomotsuna.jp/ をご覧頂きたいですが、このプロジェクトやテラルネッサンスさんの活動が素晴らしいのは、単にお金を落とすという事だけではなく、仕事を作るという事、そしてその事によって、気力を無くしていた人達に、会話や笑顔を取り戻し、誰かの為に役に立てる、感謝の気持ちを返せるという事から、生きがいまでも取り戻す役割を果たしている事です。

まだ、私が見た頃は、正直、寄付をする代わりに商品を買うという域を出なかったと思いますが、今回のTシャツは、デザイン的にも充分通用する物で、この様に単なる支援という事ではなく、商品として仕立てられた事は大変意味のある事だと思います。

鬼丸さんも言っていましたが、このプロジェクトを大きくして、現地の人で、運営できる様にする事が一番の支援だという事だ戸思いますし、流石に本物の意見だと思います。

という事で、元、繊維業界に居た私が言うのですから、信用して頂いて、是非購入して欲しいと思いますし、又、色々な方に伝えて欲しいと思います。

昨日はあえて書きませんでしたが、今までも何度か書いている様に、私も被災した阪神大震災から17年が経ちました。

神戸も大変でしたが、今回はその数倍、復興に時間とお金はかかるでしょう。

一過性の寄付では、本当の復興には繋がらないと思います。

そういう意味で、このプロジェクトは大変有意義だと思いますし、少しづつでも、多くの方が継続的な協力をしていけるよう、私もお手伝いしていきたいと思います。

2012年1月15日日曜日

百年塾 in 善光寺

昨日からの二日間、そのスケジュールに沿って書くだけで、一杯になる程、内容満載でした。

元リッツカールトン日本支社長、高野登さんが塾長として開催されている百年塾の新春談話会が善光寺で開かれ、それに参加していたのです。

午後から、高野さん、尾角光美さん、そして大久保寛司さんの基調講演があり、その後、3人でのパネルディスカッションという内容で、これだけでも満杯でした。

この実現を大変喜ばれていた高野さんが大変印象的でしたが、その高野さんは、ブランドとは、”あの”人”あの"会社など”あの”が付くことだと仰っていました。

尾角さんは、大久保さん曰く、誰が出ても立派なセミナーができるという程の方々が観客として来られていると評される中、しかも高野さん大久保さんという凄い方の間に入っても、その来場者からの関心、感嘆をさらっていました。

彼女のキーワードは”ままに” ”Don't judge " 判断せずそのままを受け入れる、或いは、そのままで良いとの事でした。

我々の様な、判断、judgeする事が仕事の様なリーダー、経営者にとっては、大変難問であり、耳の痛い話です。

これもビジネスになった場合は、バランスが重要ですね。

最後に話された大久保さんは、”人生とは縁そのもの”という話から入られ、見事に、これらの話を受けながら、来場者の紹介も短時間の中に見事に織り込まれていかれました。

その切欠を作ったという事で私も初めにご紹介頂きましたが、そんな事など、恥ずかしいと思う程、
凄い想いを持って、様々な活動を行なわれている素晴らしい方々が来られていました。

短時間の間に、そんな皆さんの活動をサラッと広められていき、全体の話を繋げられる大久保さんには改めて感服致しました。

そして、いつものごとく、そんな方々が集まられる懇親会は雰囲気が素晴らしく、店が閉店になっても皆帰ろうとせず、二次会に流れ、終ったのは夜中1時半頃、そして今朝は、7時から善光寺さんの本堂で、足など痛みを伴うほどの寒さの中、約1時間半の"お朝事”に参列しました。

その後、精進料理を頂き、ここで一泊二日の会は終了、皆さん三々五々分かれていきました。

私は、隣り合わせた方と、東山魁夷館に行く事にし、見学して出てくると、またまた有り難い事に大久保さんから連絡頂き、小布施へ行くけどついて来ないか?との事。

いつもの如く、こういうケース、ハイかYESの選択肢しか持たない私は、喜んで同行させて頂きました。

そんなこんなで、フェイスブックも上げている間もない程、最後にもこんなスペシャルなオプションで車中レクチャーも受ける事ができ、先程帰って来ました。

こういう所に来られている参加者の方が口々に話されるのが、”縁”って不思議という事や、有り難いご”縁”という事ですが、確かに表面上は不思議に見えますが、どう見てもやはり、縁の繋がる人、集まる人っていうのは、そういう動きをされているなあとつくづく感じます。

バイオリニストである大久保寛司さんのご長男が、物理的に共鳴を見せてあげようと披露してくれたのですが、同じ周波数になれば、触れていない隣の弦が見事に動き出すのです。

これが共鳴であり、これを人で考えるとどういうことが言えるか?

それはやはり、明るく、良い波長を出していかないといけないという事ですが、もう一点は、どうしても自分元気にできない時には、そういう明るい、良い波長を出している人と一緒に居る事だと、物理的に見せてくれましtた。

納得!!じゃないでしょうか? そんな事を意識してみてはどうでしょう?

2012年1月11日水曜日

105歳のおばあちゃんの死

この三連休の間に祖母が亡くなりました。

私の両親も亡くなっており、会社とは以前から関係もしていない事、又何よりも105歳という大往生であり、身内と言っても殆ど残っておらず、私と兄家族と叔母(母の妹)だけでお見送りをさせて頂きましたので、会社関係の方にはご案内もせず、失礼させて頂きました。


この祖母は気高い人で、自分の娘でもある私の母にも、面倒見てもらうのは嫌だと施設に入っていたのですが、そうは言いつつ、いずれ面倒を見るつもりで自宅も改修していた私の母までが先に亡くなり、孫に面倒を見てもらうなんて情けないと、いつ会いに行っても死にたいと言っていました。
(と言ってもこの頃は既に100歳でしたが)

私は、自分自身で何故死生観が強いのか?分からないのですが、ある時期からそういう考えが強くなっていった一因は、この長生きであった祖母の姿を見て、生きるってどういう事?その反対に死ぬってどういう事?と身近に考える様になった事にもあると思います。

病気であれば回復すれば、復帰もできますが、100歳を超えて施設に居るのって、何に希望を持って生きていくのか?と、死にたいという祖母に、どう言えば良いのか?いつも分かりませんでした。

施設に入っておられる80代後半の人の事を、”若い人は良いなあ、何でもできて。”こんな言葉も聞かされると、人生って長いんやな、と感じさせられました。

そう考えると、40代や50代でも、諦めている様な人も多い様に思いますが、まだこの先、何十年もあるのです。
でもその逆もあり、明日、死は訪れるかもしれません。
そんな事をいつも考えさせられました。

事業にはあまり関わっていなかった様ですが、昨年11月にリノベーションした南ビルは、創業者が建てたものですから、報告して喜ばせようと、完成後にチラシを持って行きました。

”おばあちゃん達が建てた南ビルを壊さずにリニューアルして残す事ができた”と報告すると、凄く喜んでくれたのですが、いくら、おじいちゃんが建てたビルだと言っても、”よう、こんな立派なビルを建てて、あんた偉かったなあ~”と私が建てた新しいビルだと思い込み、最後まで理解してくれませんでした。

明治39年生まれ・・まだ幕末から明治を作った人達も残っていた時代からですから、どれだけの変化を見てきたのでしょう。

我々も、皆、意識していないだけで、それだけの変化、ひょっとするともっと大きな変化がこの先、待っているかも知れません。

その中で、何時迎えるかも知れない死の時に、自分は、よくやったなあ、自分の子供達には、胸を張って誇れるなあ、そう思えるのが、私自身の目標です。

おばあちゃんの死の報告と、私の記録に変えて~

2012年1月9日月曜日

脱会社人間のススメ

会社人間というと、一般的には仕事ばかりしている人、会社の意向に従って一所懸命になっている人というイメージではないでしょうか?

でも、それは違うのではないかと思います。

私の場合、今年で社長業としてはもう19年目にもなりますので、仕事ばかりの頭になっているのは当然ですが、実はサラリーマン時代から、仕事に対してのスタンスは同じであった様に思います。

休日の土曜日も殆ど休んだ事はありませんでしたし、仕事ばかり考えていました。

ただそれは、自分の求められている以上の成果を出さないと自分の存在価値がないと思っていたからであり、そこにプライドを持って取り組んでいました。

要は自分の仕事というものに対して、上司に言われたからとか、言いなりになってやるのではなく、求められている事、やらなくていけない事を実現する為に、会社や上司の方向性を理解し、あくまで”自分の仕事”として行なっていました。

そんな姿勢で行なっていると、会社はどこであれ、もっと言えばどんな仕事であれ関係なく、そういう人は、会社がどうなろうと、どこへ行こうとやっていける人になると思います。

という事は、見えている感じとは反対に、自主的に会社の意思を汲んで仕事を追及している人は、実際には会社に従属的になっていないのです。

逆に、会社の理念や価値観に対して、共鳴しているわけでもなく、イヤイヤやっている様な人、言われた事だけやっている人は、私からすれば、それこそ会社人間だと思うのです。
自分の意思ではなく、イヤイヤ、或いは惰性で、会社や上司の言うことを聞いて時間を費やしているのですから、こんな馬鹿らしい話はないと思いますし、こういう人は、結果的に、会社にしがみつかないといけなくなるのです。

仕事であれ、何かやる事について、その効果を上げようと思うと、何が求められているのか?何をもって成功とされるのか?を考えないと、それが分からずして動いても、意味の無い動きになってしまいます。

その会社に居て、最大の効果、成果を挙げ、評価も受けたいのであれば、まずは、その会社の理念、価値観を自ら吸収する事、それは、会社の為や当然、社長の為ではなく、自分が成果を上げる為、自分の成長の為以外の何ものでもないのです。

そんな原理というのか、構図というのか、そういう事を少しでも早く気づく事、それが脱会社人間の近道なのかも知れません。

2012年1月1日日曜日

12'1月ウエダ本社社報

<大転換元年>          

昨年は決して風化させてはいけない、大災害に見舞われた年でした。

東日本、福島は、数十年に渡って復興に取り組んでいかなくてはならず、直接被害を受けていない我々は、切らすことなく、関心を寄せていかなくてはならないと思います。

明けて2012年という年は、今までにもあまり例がなかった様な首脳交代の年であり、アメリカ、ロシア、中国、フランス、韓国、という国々で首脳交代のある年です。
特に中国や韓国では、それぞれの国での選挙に向けて、政策的に、日本バッシング的な動きが起ってくる可能性もあり、世界情勢や、その中の日本の状況もかなり不安定なものとなっていくと思います。

又、国内でも、長期的な円高や、場当たり的な国内政策への嫌気などから、大手メーカーの海外流出も進んでいくと思われますが、そんな中で、もう一つの2012年問題とも言われる、雇用延長となっていた団塊の世代の完全退職もあり、国内産業、国内のノウハウという点においても、厳しい問題が突きつけられてくると思います。

その様な状況下で、我々の対象となるオフィスを取り巻く環境では、それらに加えて、3・11以降、働き方やリスク管理についての大きな考え方の変化により、既存の価値観が大きく変化していくと思います。

又、ソーシャルメディア、クラウド、というものは、インターネットやWEBというものが登場した時以上の変革をもたらす可能性さえあると思います。

持たざる者が繋がりあって、大きな力を生み、見えない所で地殻変動を起こしていっている様にも感じます。

そう考えると、今から起ってくる事は、既存のビジネスモデルでの成功に安住している所や、資産をたくさん保有している所にとっては、大変難しい時代であり、対して我々の様な中小企業には、凄く大きなチャンスがあるのです。

南ビルを起点に、ウエダ本社は、今年、その新しい価値観で浮上していく元年としたいと思いますし、既にその要素は整ってきつつあるのです。

それを認識して、今年は、反転させて行きましょう!

2011年12月30日金曜日

2011年総括と決意に代えて

もうこれで、今年の仕事?は終了致します。

平日は、ほぼ毎日書いていたこのブログも、イベント終ったあたりから、UPを減らさせて頂き、ちょっとした事はフェイスブックに上げ、ブログ、社内掲示板、を使い分ける様にしました。

その理由は、想いを発信していく目的は色々あるのですが、それを少しでもそれぞれの対象の人に伝えたいという事と、もう一つは、現場で走り回らないといけない状態となり、ブログをゆっくり纏めて書くという時間が取れなくなったという事でした。

後者の理由に関連して、業績は最悪であり、一時期の明るい雰囲気は後退し、理由は様々ですが、退職者も数名出て、それが又、よりバタバタする状況に繋がり、より雰囲気も落ち込むという状況となっていました。

しかしこれら全て、目指している方向への段階であり、私自身は、後退しているという意識は全くなく、むしろしっかり向かって行っている証拠だと思っていました。

昨年の、三度目の京都流議定書辺りから、”凄く楽しそうな良い会社”と言われる事が増え、見かけは確かにその通りでしたが、あくまでそれは表面上であり、ベースは全くできていませんでした。

表面上だけでもそう見える会社というのも、簡単にはできません。
しかし、それだけでは継続的な良い会社にはなれるわけがなく、その為には、一旦、どうしても落ち込む時期や問題が頻発する時期を経験しないといけないのです。

実際やっている人は、表面上だけでも穏やかに過ごせる方が良いでしょうから、一旦落ちるという事は、動揺もしていたと思います。

しかし、ここを通らないと、ウエダ本社が目指している会社などできるわけがないし、そもそもウエダ本社の存在価値など作り得ないのです。

そういう私も、計算づくと言いつつも、正直、キツイ面もありましたが、漸く、年末あたりで、光が見え出して来た様に感じます。

表面的に盛り上がった時期、課題噴出して精神的にも落ち込んだ時期を経て、漸く、地に足着いて、”良い会社”に進み出した、までいかなくても、進み出そうとしている感じになったと思います。

数字は、以前の姿であり、まだ厳しい状況は続くでしょう。

ただ、ここからは確実に反転していくと思います。

我々の目指す、”良い会社”の定義は、共有化できたと思いますし、来年は、本物の”良い会社”へ向けて、歩みを進めて行きたいと思います。

今年の総括と決意に代えて。

今年一年お疲れ様でした。 そして、ウエダ本社や私に関わって頂いた皆様、有難うございました!

2011年12月24日土曜日

継続できたクリスマス、何も無いクリスマス

昨日FBに入れていましたが、クリスマスプレゼントの手配を忘れていたある施設に、何とかプレゼントを持って行く事ができました。

ここは、稲盛さんが自費で建てられた、虐待を受ける児童の養護施設ですが、出来て8年目、最初の年から、クリスマスプレゼントを送っていたのですが、これがうっかりしていて昨夜に思い出し、今年は間に合わないかと焦りました。

と言うのも、年代はバラバラ、状況もバラバラの子供達がたくさんいるので、通常の物では選定が難しいという事と、又、支援者などから物を貰えたりする事は、子供達にとって、甘えになってもいけないという施設長の考えもあり、皆で使える物、施設で使ってもらえる物で、子供達にも喜んでもらえる物を考えないといけないので、なかなか難しいのです。


考えた挙げ句、先日、月食もあったし、あれが切欠で興味を持つ子も居るかも?と天体望遠鏡を思いつき、買って届けに行きました。

スタッフの方に渡して帰ろうとしたのですが、名前を言うと、初めて会う方なのに、情報共有されているのか、知って頂いていた様で、リーダーの方を呼びに行って頂きました。

”今年は中学三年の子が多く、今受験でスタッフもピリピリしてます”と言われていました。

多分スタッフの方は一生懸命、何とか皆が独り立ちできる様に、しっかり大学までは行ける様にと考えられているのだと思います。

年に一度しか行かない者がとても偉そうに言える権利はないですが、でもそんな辛い経験をして来た子らには、私個人的には、何とか生きてるだけで、そのままで素晴らしいと思ってくれたらなという思いが有り、またまた沖縄教育出版さんの話をさせて頂きました。

I'm OK, You are OK, We are OK. 皆、そのままで素晴らしい。

沖縄教育出版さんのベースの精神で、障害を持った方もイキイキと信じられない働きをされる由縁です。

私が居る間にも、施設に預けられている子のお母さんが面会(一緒に暮らすと虐待をするので、普段は離れて生活させ、徐々に距離を縮めていくのです)に来ていましたが、やはり普通の親子の感じとは違っていて、横に居ても、心苦しい感じになりました。


皆それぞれ、子供との関係、親との関係など家庭内で問題は多かれ少なかれ持っていると思います。

クリスマス、何の予定も無いとか、ボヤいていませんか?

何もなく、過ごせているなんて素晴らしい事ですよ!

最後のフレーズだけは、何処へも連れて行かない、うちの家族へのメッセージです(笑)

2011年12月21日水曜日

ちょっと染みました。

今日は、盛和塾塾長例会忘年会が東京で開かれました。

先週京都で西日本版が行なわれたのですが、私は、別会合で行けず、同じバージョンの東日本版に出席して来ました。

稲盛塾長の話も、実は、同じ話を何度も聞いています。
しかし、面白い事に、同じ話しでも、その時の自分の状況や感情などで、全く捉え方が違うのです。

今日聞いた話も以前聞いた事はありました。

しかし、今日は、何故か、全く違って、染入って来ました。

経営者の必要な三つの心得というお話で、それは①謙虚にして驕らず ②思念は業をつくる(思いは必ず実現する) ③宇宙の働く二つの力を得る というものでした。

ここではとても書ききれるものではありませんが、その中でも一番納得した話のみ紹介し、そして自分の戒めとしたいと思います。

それは謙虚にして驕らずという事ですが、これには成功したのは、自分に才能があるからだと過信してしまうからそれを戒めよという意味よりも、今回の気づきは、自分に才能がある、その才能は自分のものである、と思う事が傲慢であるのであって、そうではなく、その才能は、天から与えられたもので、自分のものではないという意味だったのです。

自分のものではないから、その才能を自分が凄いなどと驕らずに、皆の為に使いなさいという事なのです。

自分が生まれて来たのは、今の容姿で、今の国で、或いは人間で、生まれて来ようと誰か決めた人はありますか?

誰一人、自分で決めた人は居ない、という事は、この今の自分で生まれて来たのは、与えられたものであって、山、川、草、木、森羅万象 全ては同じ物であって、たまたま自分は、人として、今の姿、才能を持って生まれて来たのであって、それは貴方自身、私自身のものではないとの事なのです。

稲盛和夫は、ファインセラミックスの技術を開発する能力を与えられたのであって、それは稲盛和夫個人のものではなく、だから、その技術や才能を世の為に使わなくてはいけない、そこで驕ることなく、その才能を持っているのが偉いのではなく、ただ単に役割が違うだけなのだというお話でした。

思えば、私が自分の価値観を意識した最初は、小学二年生の時、先生が言っておられた、”大臣も社長も偉いのではなく、それは役割の違いだけで、人は皆平等なんです”という事でしたが、今日はそれが森羅万象、全て同じという話で、与えられた役割、その役割が違うだけというお話に、再び衝撃を受けました。

今まで、自分のサラリーマン時代や、独立創業した際、倒産の危機を逃れた経験など、その他にも同世代の社長でもしていない様な色々な経験をして来ただけに、それらからの学び、体感から得たものを、何とか社員達に伝えたい、これさえ分かれば、良くなるのに・・その思いが強くありました。

しかしある意味、自分のやって来た事、やって来れた事は、才能と捉えて、それを自分の物にするのではなく、少なくともまず、社員を幸福にする事に費やすのだという発想に、徹してみようと思いました。

自分の才能というと偉そうに聞こえますが、決してそうではなく、誰にも才能はあるのです。

それこそ、役割が違うだけで、私は、新規事業立ち上げや、赤字の立て直しなどのマネジメントにその才能を発揮するという役割であり、社員の幸福を追求を実現していく事がやるべき事なのです。

今も宿題を出していることもありますが、皆も再度、自分の才能、それをそれぞれの役割に充てて全うしていく、他の社員や、パートナー、お客様、地域社会に役に立てるにはどうすべきか?それを考えて欲しいと思いますし、皆でシンプルにそれを追いかけて行きたいと思いました。

2011年12月15日木曜日

ルナシアさんの躾に学ぶ

先日、エステで素晴らしい経営をされているルナシアの取材を受けました。

ルナシアタイムズというお客様向けに出されている誌面に、何と、男性として初めて登場させて頂くのです。

それは、又、発行された際に、紹介させて頂きますが、そのルナシアさんを経営する吉野さんから以前聞いた事で、大変感心した事がありました。

それは、入社当時からスタッフには、注意されたり、怒られたりした時には、お礼を言いなさいと指導しているという事でした。

この事を教えるという事は凄く大切な事だと思います。

私は以前から不思議に思っている事があります。

殆どの日本のサラリーマンは、怒られたり、注意されたりする事を嫌がりますが、よくよく考えると、これは大変おかしいと思うのです。

学生時代のクラブ活動や、その後の趣味などでも、その事に興味のない人からすると、何故そんな、しんどい事するの?と思うようなトレーニングを行ったりしています。
しかも、特に学生時代などでは、その練習が何に繋がるかも分からないのに、鍛錬を繰り返しているのです。

ところが特にサラリーマンは、仕事でどれだけそんな練習、鍛錬をしているのか?と言われれば、あまりしていないと思います。

その中で怒られる事、注意される事は、仕事を上達させる上、同じ失敗を起こさない様にする為、又もっと重要な事は自分自身が成長する為に必要なことなのです。

しかも、仕事は趣味やクラブ活動とは違って、その事でお金を貰い、生活、人生をかけているのです。

それなのに、注意されたり、怒られたりする事を避けたり、逃げたりするという事、つまりは自分の成長から逃げる事って変だと思いませんか?

この構図が分かれば、本当は”注意して頂いて有難うございます”なんですが、それを躾けされている吉野社長と、それを素直に実践されているルナシアのスタッフの方々は、本当に素晴らしいと思います。

2011年12月13日火曜日

お知らせブログ

今日はお知らせです。

と言ってもご存知の方も多いのですが、最近ブログを少なくして、ちょっとした想いなどはフェイスブックで上げる様にしています。

フェイスブックではブログの案内というか、誘導を行なっていましたが、フェイスブックをご覧になられていない方には、案内ができていませんでした。

あまり更新しない中でもブログを見て頂いている方があるので、気づいたのですが、コンスタントにご覧頂ける方は、ウエダ本社のフェイスブックページにイイね!を押して頂くか、私のフェイスブックで友達申請を頂ければと思います。

ただ、基本的には、お会いした事が無く、メッセージなどを入れて頂いていない方は、申請をお受けしていませんので、ブログ見ていた・・など、メッセージは入れて頂けます様お願い致します。

ブログとフェイスブックを使い分けて、何らかの発信は毎日続けていきますので、今後ともお付き合い下さい。

2011年12月11日日曜日

縁と想いの大切さ

フェイスブックでも書いていましたが、昨日、法然院で尾角光美さんが、Pray for Tibet というイベントを行なっていました。

チベットでは自殺をすると、15代に渡って地獄に行くと伝えられている為、自殺する人など有り得ないという中で、僧侶が焼身自殺を謀っているという背景にあるチベット問題について、1ヶ月前、ダライラマ法王に会った事で深く知り、その問題意識から、このイベントを企画したそうです。

その彼女の行動力には、頭が下るばかりですが、この事から、強い想いや縁というものは凄いものだと、しみじみ思うのです。

実は、私がある人に紹介した事から、なんと私から数えてたった四人を経て、ダライラマ法王にまでたどり着いてしまったのです。

私などは大した役割ではなく、私が紹介した人が凄い方で、その方が、次々に凄い方に紹介された為、たった四人で法王にたどり着く事に至るのですが、それでも凄いと思いませんか?

強い想いと、素晴らしい人間性が伴うと、たった四人を介しただけで、ダライラマ法王にたどり着くという事実、そういう可能性を、我々もよーく考えるべきだと思います。

我々誰でもが、実は大きな可能性を秘めているという事なのです。

ダライラマ法王までとはいかないかも知れませんが、たった四人で凄い人に出会える、たどり着けるという事、何も特別な環境に恵まれなくとも、一生懸命、自分の思う事、世の中に対して必要であると思う事を粘り強く行なっていく事で、全然違うステージに出れる様になるのです。

殆どの人が生まれた環境や、持っている才能などで、成功する人は、ごく一部で自分には関係ないと思っている様に思います。

縁を大切にし、想いを持って日々自分を磨いていくと、誰にでも大きな可能性があるのだと思います。

かく言う私も、全然想いと、努力が足らないと思いますし、今後もより一層努力したいと思います。

2011年12月7日水曜日

今の風潮でいいのかな?

先日、FBでの躾けも必要という事を書いて、結構反響がありましたが、同じ事で、仕事上や、組織上でもどんどんフラット化が進み、垣根が無くなっていっています。

又、組織の風通しが言われ、話しやすい環境、それを作り出すのは上司の責任、傾聴し、本音を引き出し、上司(社長)は、ぐっと堪えて待つ、それが求められます。

我々の時代・・などと思うと、歳だという話になってしまいますが、こちらが正論でも反論の余地無しという事が多々ありましたし、結果(成果)も出せていない中、正論を言っても、負け犬の遠吠えで、言い訳にしか取られず、言った方が惨めな思いをしました。

上司やましてや社長など(と言っても、そこそこの規模の会社では社長と話する事や会う事、見る事すら無い)は、こちらが言ったある一言や、一面だけで、誤解も誤解、全く間違った解釈で、トンでもないレッテルを貼られたりしました。

何も、その時代、そんな上下関係が正しいと言っているのではないのですが、少なくとも、独立や、厳しい状況を経験してきた私からすれば、あの様な(教育であったのかは疑問ですが)経験ができて良かった、と心底思っています。

自分が正しい事を示す為に、言う事を聞いてもらう為に、ただ結果を出すしかなかった、という経験、それでも誤解を受け、悔しい思いをたくさんして、それでもそれ以上に又結果を出すしか、方法は無かったという経験が、何ものにも変えられない資産となっているのです。

フラット化や、上下関係の無い風通しの良い組織、物わかりの良い上司、それを当たり前の様に思っている風潮を感じてなりません。


"上司が分かってくれない" "聞く耳を持ってくれない"

私からすれば至って当たり前です。

何も今の自分の立場を擁護しているのではありません。

自分がサラリーマン時代に経験し、どうすれば好転するかを体感した事から言っているのです。

ある意味、甘やかし過ぎではないか?と思います。

仕事というのはお金を貰っている側であり、プロなのですから、そう考えると、職場に蔓延する、そんな感覚って、おかしいと思いませんか?


練習もろくにできない、設備も無い、市民ランナーがオリンピック候補になろうかとしていますが、陸連なり、強化選手は何をしているんだ!と思っていないでしょうか?

そう思うあなたは、お金を貰っている仕事や職場で、~が足らない、~をしてくれない、だからできない、と言っていないでしょうか?

2011年12月1日木曜日

11'12月ウエダ本社社報

《100周年を誇れる会社として迎える為に》

早いものでもう今年も最終の月になりました。

ビジネスにおいては、時間が重要で、いくら良い事を一生懸命行なっても、時間内にできなければそれは“仕事”ではない、とよく言っていますが、そういう意味では、我々はまだまだ“仕事”ができていません。

一生懸命やっている“つもり”、対策を考えている“つもり”なだけで、バタバタしながら、漫然と時間が過ぎていくという事を繰り返しています。

 ここから脱却する為には、やはり、遠くをはかる、理想や夢から考える、或いは逆にシンプルに、そもそも何をしたかったのか?どうあるべきなのか?を考える事、それを腹に据える事を徹底しないといけないと思います。

そういう私自身が、この数年は、未来図や、そもそもウエダ本社がどうあるべきなのか?について、しっかり考えられていなかったと思いますし、今ある厳しい状況は、私自身の思いが足らなかった事が原因だと反省しています。

来年は創業して75年目を迎えますが、再度、創業100周年には、ウエダ本社という会社は、どうありたいのか?どの様な状況を目指すのか?を考えてみたいと思います。

ここに来た際から言っている通り、ウエダ本社は、私や私の身内の会社ではありません。

皆の人生、皆の生活が掛かった場であり、皆や皆のご家族の方々も、誇りを持ってもらえる会社、周りから賞賛され、尊敬される様な素晴らしい会社に作り上げていかなくてはなりません。

私自身も100周年の際に居るのかは分かりませんし、その時点で居ない人も多いでしょう。


しかし、自分が居た会社に、家族や親戚、或いは知人が入り、繁栄していっている会社であって欲しいと思いませんか?

自分達の親族や知人が、誇りを持って安心して働ける会社を作りませんか?

100周年に向けて、日本人の仕事観や、職場環境を変革し、人々がイキイキと働く良い会社を広げていくこと、そんな、本業を通して日本を良くしていく事ができる、素晴らしい場であり、会社にしたいと思いますし、その思いから再度、下期、そして来年を考えていきたいと思います。

2011年11月30日水曜日

戦国の乱世を生き抜いた細川家の智恵

今日はメーカーの代理店会で熊本に来ておりました。

その中で、細川元首相夫人、細川佳代子さんによる表題の講演がありました。

どんな方なのか、どんな話をされるのか全く予備知識のないまま聞かせてもらったのですが、これが素晴らしいお話で、戦国時代、室町時代、信長、秀吉、家康の時代のお話を、臨場感溢れるお話で、ドキドキしながら聞かせて頂きました。

何故、その様なライブ感溢れるお話になるか?
それは細川家が源氏から足利、信長、秀吉、家康、そしてその間の明智光秀や石田三成などとの微妙なバランスの中で、生き抜いて来たという事に大いに関係があるのですが、情報収集能力に長け、その情報(記録)を大事にされていて、当時の手紙や日記が残されており、その内容などをリアルに語って頂いたからでした。

秀吉の血液型は何型か分かりますか?

これも細川家に残っていた秀吉の血判書を分析し、分かったそうですが、О型だそうです。

又、赤穂浪士の討ち入りは、ドラマなどで表される際には、雪が降っていますが、細川家の日記によるとこの日は曇りであったそうです。
ところが、その前日が大雪で、討ち入りの日は30センチ程の雪が積もっており、その為、夜でも少し明るかったそうです。

そんな話を1時間半みっちりして頂いたのですが、、あの様なワクワクする歴史の講演を聞いたのは初めてでした。

その内容は膨大過ぎて、とてもブログで纏められないですが、細川家が生き残って来たのは、この情報に長けていた点と、この先祖の一人一人の記録をしっかり伝えていくという事を大事にして来たからだというお話でした。

その事に気づかれたのは、細川護煕元総理は細川家では二十六代目になるそうですが、薬師寺の菅主であった高田好胤さんから、25代前に先祖は何人居るか分かるか?と問われたからだそうです。

1代前の親は2人、それを繰り返していって25代前の祖先は、何人居るか?

何と3355万4432人になるそうです。(検算はしてません) 
26代続いて来たという事は、それだけ多くの命のお陰で貴重な生命を与えられているのだという事を結びに仰っていました。

26代の祖先を持っているのは、細川家だけではありません。
私も、今居る誰もが皆、持っているのです。

細川家には、そういう記録があるだけで、普通の家にはありませんが、今、生きている人全てに細川家と同じく、祖先は居るのです。

そんな凄い人数の人達が生き残ってくれたお陰で、今、自分があるのです。

そんな命、人生を、自分だけの物と思っていないでしょうか?

自分さえ良ければ、或いは、自分はどうでも良いなどと思っていないでしょうか?

そんな、祖先を冒涜した様な、そんな生き方、考え方は、やはり間違っていると改めて思いましたし、歴史の話から、今が正に繋がっているというお話を頂き、祖先を知る、自分を知るという事の重要性を気づかせて頂いた、本当に貴重な講演でした。

2011年11月26日土曜日

繋がりを生む場と空間

今日、自死遺族支援やグリーフケアなどの活動を行なっている尾角光美さんが来てくれました。

今や色々な宗派のお坊さんに向けて講演(講話)をして回っているのですが、そんな事を出来る人はまず他に居ないと思います。

そんな彼女が、色々な事をたどれば京都流議定書に繋がっていると言ってくれた事は、イベントを行なっている者として、最高級のホメ言葉でした。

実際、ジャンル毎に整理している名刺ファイルには、京都流議定書のファイルがあるとの事で、知らない間に、そんな人の繋がりを生んでいるというのは、大変嬉しい事でした。

しかし、そんな場があるからと言って、誰もがそうなるわけではありません。

当たり前ですが、その本人がその場で、人を惹き付ける魅力、能力、強い思いがあるから、そうなるのであって、あくまでそれは本人の力なのです。

しかし、そんな人達が集まってくれると、その場自体がもっと強い力を持つ様になり、又色々な人達が引き寄せられていくのだと思います。

あのイベントを行なっている狙いの一つが、そんな場を作りたいという事なのですが、実は今回のJimukino‐Ueda bldg も同じ狙いを持っているのです。

今日も、ランチで1階のカフェに行くと、三々五々知っている人達が集まって来ていて、あのビルを起点に出会いがあったり、再会があったり、まだ全て入居されているわけではないのに、いつもそんな光景が起こっているのです。

そしてそんな場は、やはり雰囲気が良く、そこにいると、ワクワクとしてくるのです。

そんな場を作ったウエダ本社自体が、刺激を受け、会社全体、社員全体が、その場に来られた人々の力を頂き、イキイキワクワクした空間を作っていく事を目指していきたいと思います。

2011年11月23日水曜日

言葉の響き

先日、大久保寛司さんに教えて頂いたフレーズです。

人に浸透するかしないかは、その内容よりも、この言葉の響きに差があるというお話でした。
一番耳の痛い話でした。

この響きがないと一生懸命話せば話すほど、人は耳を閉ざしていく。
ひょっとして私の後ろから覗いてました?というお話です(笑)

しかし、この言葉の響きを身につけるには、直ぐできるという話ではなく、やはり人間力を磨くしかなく、日々精進という話だとすると、私も日々努力していこうと思います。

ただ、同時にこの手の話を聞く社員側には是非、だから伝える側が悪いという様には捉えないで欲しいと思います。
どうしても会社務めの人は、日々人生がかかっているという様な意識は無く、やり過ごしてしまうと思います。

私もサラリーマン時代には、"人生”までは考えていませんでしたが、全て自己責任という意識は持って仕事をしていました。

上司や会社が悪いからと言って結果を出せなければ、結局は自分が評価されないし、しかも上司が悪いとしても、自分の方が立場が弱いわけですから、悪条件である程、もっと頑張らないといけないのです。

遊びの場合は、できない理由を言って、納得してもらえば良いでしょうが、結果が求められる仕事では、幾ら自分が正しい事を言って納得してもらっても、誰も得をしないのです。

サラリーマンでも、この感覚を持って仕事に当ると、全く正反対と言ってもよい程見方が変わり、生き方が変わり、自分自身の人生が変わるのに・・と、自分自身の経験もあって、人より余計に強く思ってしまい、そして、何とかそのコツの様なポイントを分かって欲しい・・と、又、話してしまうのです。

すると又、社員からすると、響かない話になるのですね。

響かなければ結果が出ないわけですから、結局は、ここでも、正論を言っても誰も得をしないという事なんですね。。

日々葛藤です。

2011年11月19日土曜日

Vision & Work hard

先日、経済同友会の例会で、IPS細胞の山中教授のお話を聞きました。

有能な方は、難しい話も易しく話されるという事を感じましたが、ES細胞からIPS細胞についてのお話を分かり易く聞かせて頂きました。
そして、その可能性と、現状出ている研究費が終わっていくので、その為に作られた基金への呼びかけもされ、プレゼンとしても素晴らしいものでした。

ES細胞、IPS細胞については、私が説明するよりもネットで調べて頂いた方が、詳しいと思いますので、興味ある方は見ていただくとして、山中教授が留学されたブラッドストーン研究所で、"Vison and Work hard"という事を教えられたそうですが、その言葉を聞き、その後ずっと経験されて来られた中で、日本人はwork hard は行うけれども、visionがなく、米国人はvison はあるけれど、work hard がないと仰っていました。

日本人研究者は、夜遅くまでやっているが、5年後、10年後、何をしたいのか?が無く、その経験から、日本人には、visionは何かを問い、考えさせる事が必要だという事でした。

目の前の事をただ一生懸命・・日本人の特徴かもしれません。

素晴らしいが、それは何処に行こうとしているのか?が無いと、全くの無駄に終わる、結果として出ない、そんな事が周りにも多くないでしょうか?
うちの会社もそれが悩みでありますが、ただ、ちょっと考えてみると、もっと恐ろしい事が浮かびます。

最近の日本ではこのwork hard の感覚が大幅に低下している事です。

又、国を挙げて、これを減少させる方向に動いているのです。

当たり前の話ですが、これがセットでないといけません。

元々の気質で日本人はvisonを持つ事が得意ではありませんし、今の若い人たちはどんどん夢を持たなくなっていっています。

その上で、work hardを悪の様に誘導していけば、日本はどうなるのでしょうか?

そこが私はどうしても、納得できないところです。

そうではない!

work hardが良くないのは、機械の歯車的にただ作業として行う事が良くないのであって、自分で考え、自発的に行うworkhardはむしろ奨励すべきものだと思います。

そしてその為には、visionが必要で、それから始まらないと、自発的なwork hardは実現しません。
そこを間違えると、或いは一方方向から捉えると、取り返しのつかない事になってしまうと思います。

若者が悪いのではありません。

日本の政治家、TOPリーダー達から、全然vison が見えない事が最大の問題で、それが無い中で、TPPなども議論しても全く不毛で、お互いの一面的な主張をし合うだけの話です。

IPS細胞しかり。

一部の皮膚などからでも臓器が作り出せるなど、夢の様な話ですが、これは生物本来の姿、倫理的な事からすると、諸刃の剣でもあり、人間生き続ける事も可能になってくるのです。

それをどの様に扱うかには、大きなvisionが必要で、それ無しに扱うと、どちらにも有効でない中途半端で恐ろしい結果になりかねません。

山中教授が基金を設立されたのも、国などからの予算は、もう後二、三年で打ち切られ、そうなるとこれからこの技術で色々な展開を見せられる所で終わってしまうと、本当に、それさえあれば救われるという目の前の人も救えなくなってしまう。
そんな事になってしまうのです。

いつもそうですが、本当に日本の総理大臣や政治家達が一番、visionを持って欲しいですし、それを持たない中で、色々な表面だけの施策を打ち、visonを持たない方向に進んで来た国民が上辺だけの良し悪しで判断し、日本の良い所、良い技術を無くしてしまわない様にしなければならないと思いますし、そういう事をもっと考えていく雰囲気を作っていかなければならないと思います。

2011年11月16日水曜日

人が集まる事、動き回る事

今日は朝から福島の半田さんと、以前福島で訪問させて頂いた同業者の方が来られていました。

昼からも北海道からと、その後もある会社の大阪支社長、仕入先関連会社の社長さんが、それぞれ南ビル(Jimukino-Ueda bldg)を見に来て頂きました。

ビルを見に来て頂いた方からは異口同音に、面白い、ウエダ本社としての考え方がよく分かった(ようやく分かった)などと言って頂き、本当にビルを生まれ変わらせる事ができて良かったと思います。

又、今日初めて1階のカフェにランチを食べに行くと、今度入居される事になったテラルネッサンスのメンバーが食事をしており、思いもせぬ嬉しい面会でした。
多くの入居者の方が引っ越して来られるのは中旬以降ですが、もう既にこのビルでは、コンセプト的にも考えていた色々な融合も出てきており、良い感じです。

やはり人が集まるって良いですね。

人が集まると何かが生まれていく事もありますし、何よりもうちの会社を起点にして頂けるという事で、会社としての存在意義も感じる事ができます。

そして何かが動き出すと、今まで他で行なっていた事も、不思議と繋がっていったり動き出すもので、これからはかなり面白い展開になっていくと思います。

ホントに時間と体が足らない感じですが、それぞれ見える形にできるところまで、動き回りたいと思います。

朝から6時迄来客が続いた後は、IPSの山中教授が経済同友会でお話される事になっていたので、遅れながらも聞きに行きました。

通常多くても170〜180名程の出席なのに、何と300名以上来られており、マスコミ関係もたくさん入っていて、やはり注目度は凄かったです。

お話はなかなか面白く、しかも難しい話を大変分かりやすく話されて、本物は違うな〜と思いました。

興味あると思いますが、山中教授のお話は又後日UPします!

2011年11月12日土曜日

本物の有機

昨日は長野県の小布施で、完全なる有機農法で完全なる国産ワインに挑戦する小布施ワイナリーの曽我さんと、小布施の資産を見事に生かし、街づくりに成功されている市村町長のお話を聞きました。

まだ30歳代だと思いますが、本当に純国産で本物の有機栽培でのワイン作りに挑戦されている曽我さんのお話は、目から鱗の話ではありましたが、誠に本質を突いたお話でした。

本物の有機栽培の為には、化学品が含まれた肥料もやらない、糞を肥やしに使うと言ってもその家畜の餌が加工品であれば、それは有機ではないとの事で、痩せた土地で、自然のバクテリアなどが共生し絡み合って土壌を作り、その自然の力で育てていく事に拘りを持たれているのです。

農薬は当然使わないので、虫も一匹一匹殺していかなくてはならず、その作業は決して気持ちの良いものではないけれど、そんな殺生をしながら、それらの虫の命も頂きながら、育てた葡萄であるという事も分からなくてはいけないと仰っていました。

小布施町の街づくりのお話も、街の埋もれた資産を見出し、そこに光を当て、町民の力を引き出し、自分達の色々な力が絡み合って醸成されていく様な感じを受けました。

結局は一見全く違う話を聞いても、自治体であれ企業であれ、そして動物でも果物でも、そして土ですら、補助に頼ったり、肥料に頼ったりして、易きに流れた事は、そのもの自体の力を弱める事になり、最もやらなくてはならない事は、そのもの自体の力を強めていく事だと改めて感じました。

私も常々、何故か死生観が強く、何故この虫は生きているのか?という様な事から発想し、企業においても、この世に存在する限りは、その存在自体が、世の中の役に立たなければならないと考えていたりするのですが、その自然の摂理的な考えが、やはり正しいのだと腹に落ちた感がありました。

微生物が共生関係を生む土があれば、肥料などは要らないという話もありましたが、町であれ、組織であれ、人々が共生関係を生む土壌作りが重要なんですね。

良い土、良い葡萄を残すには、次の世代の為にという発想でかからないとできないとも仰っていましたが、人や組織を熟成させるにも、その位の覚悟を持って臨まないといけないのだと痛感しました。

2011年11月8日火曜日

as soon as possible

厳しい会社と、ゆるい会社の一番の違いは、「時間」の感覚だと思います。

又、仕事と、クラブやサークルなどのお金が掛かっていない事との差も、この「時間」が大きく関係します。

Time is money の通り、お金(数字)=時間と言っても良いくらい、密接に関係したものなので、ビジネスの世界でお金(数字)が掛かっている場合は、いくらきっちり行なっても間に合わなければ駄目なのです。

ここのポイントがなかなかうまく伝えられないところです。

日本では、おしなべて教育水準が高く、一定の倫理観を持っているので、殆どの人が一生懸命働いていて、うちの会社でも皆真面目にやってくれています。

しかし残念ながら、仕事においては、それでだけは駄目なんです。

それだけの時間がかかって、その結果、では、全く見合わない、という意識、逆に言えば、これだけの時間をかけたのだから、それだけの効果を得るという事に強い意識を持たないといけないのです。

そしてその意識を持った人が効率だけに走らず、他人の為に動くから価値があるのです。

その数字(時間)意識を持っていない人が、他人の為に時間を費やすのは、ボランティアで行なうべきであり、一見、素晴らしい事の様に見えますが、時間=お金を使うという事は、結果的に、皆の収益を減らす事になり、生活がかかっている仕事(ビジネス)上では、皆に迷惑を掛けていることになるのです。

仕事上では、甘いのは、誰の為にもならないどころか、実は、迷惑を掛けることになってしまう、それがビジネスなのです。

as soon as possible (可能な限り直ぐ)この可能な限り・・の差が、組織、個人の能力の差になるのです。

私も社長としての 「時間」に対する付加価値が低いのが課題ですね。

2011年11月7日月曜日

良い事でよかった。

うちの会社では、強制ではないのですが、毎朝清掃を行なっています。

会社周りの清掃も、全員で月一回、これは強制で行なっている以外は、数名が毎朝、自主的に行なってくれています。

今期から非常勤となられた元専務は数年間、毎朝、近所の清掃を行なってくれていたのですが、今期から来られない朝があり、その代わりと思って私も表を掃除する様にしていました。

丁度南ビルの工事も行なっていて、ご近所にご迷惑もお掛けしているので、工事を行なっていたビルの周りも掃除していました。

先日その南ビルの内覧会に来られていたご近所の方のお一人が、私の所にお越しになり、"毎朝掃除して頂いていて有難うございます”と言って頂きました。

そして又、同時に、近所のビルオーナーでもあるその方は、うちのメイン仕入先の子会社でも仕事されいている方で、そういう面でもうちの会社の事は以前からよくよくご存知だったそうです。

その方とは朝に会った覚えなどないのですが、どこかで見ていて下さったんだと、嬉しく思いました、が、同時に、これが悪い事だったとしたらと思うと、ぞっとしました。

我々の会社は、BtoBという、所謂、企業さん相手ですので、一般消費者を意識する事はないのですが、やはり、当たり前の事で、良い会社を目指すなら、少なくとも地域から尊敬される会社でなければいけないですし、一見ビジネスに関係のないと思う所でも、襟を正さなくてはいけないと改めて思いました。

殆どの社員のどこを切っても、素晴らしいと言われる様な会社に早くなりたいものです。

2011年11月3日木曜日

内覧会の位置づけ

Jimukino-Ueda bldg 内覧会はお陰様で、予定以上のご来場を頂き、又、お越し頂いた方々にも大変喜んで頂いた様で、良かったと思います。

こんな事なら、もっと、多くの方に案内し、ご覧頂いたら良かったと少し後悔?もしております。

今回はあえて、晴れがましくお披露目会などのご案内もせず、営業ベースというか、普段お取引頂いている先様中心に、営業が声がけでご案内しました。

京都流議定書も私自身は、ウエダ本社としての姿勢を表すイベントであり、あのイベントをうまく仕切れれば、プロジェクトの進め方、仕事の進め方を組織として体得し、成長できるという事で取り組んでいるのですが、イベントの評価とは裏腹に、まだまだ社員間では、本業に関係のないお祭りイベント的な感覚で、実際の営業や、業務のところではそのパフォーマンスが生かされていないところが課題です。

それだけに、今回はより本業に関わる、ひょっとすると、転換点になるかもしれないプロジェクトであったので、京都の経済界などの方々にお越し頂いて、形式的なイベントの様になり、社員達から乖離してしまっては意味がないので、この様な形を取らせて頂いたのです。

しかし、これだけお越し頂いた方々に喜んで頂き、しかもその反応から、ウエダ本社としての変化を
社員達が自ら体感していた様子を見ると、もっと多くの方々にご案内し、ご覧頂いた方が良かったか?と、欲を言えば思っています。

それとそのコンセプトから、特に不動産関係の方々から、有り得ないと言われる様に、テナントの22室が、オープン前に全室契約済みになるという状況で、大変有り難いのですが、残れば自社?自分?での使用を考えていた私としては、若干、しまった・・という思いもあります。

しかし、それは、”私”的な発想で、”動機善なりや私心なかりしか?”の教えからしても、考えてはいけない、贅沢な話ですね。。

2011年11月2日水曜日

11' 11月ウエダ本社社報

《Jimukino-Ueda bldg オープン》

1968年に建築された南ビルが、43年ぶりにJimukino-Ueda bldg としてリニューアルしました。

五条通りの南北にほぼ対面に立ち、ツインタワーと呼ばれて親しまれてきたビルも、耐震調査などから、一旦は取り壊して駐車
場にするという結論に至っておりました。

ところが一転、リノベーションで再生させる事ができ、むしろ発展的に、今後のウエダ本社の命運をかけるという程のシンボ
リックな存在として、残していく事となりました。

その役割は主に三つあると思います。

一つ目は、今後益々問題化していく古いビルの活用提案。
このままの状況が進んでいけば、京都市内もマンションと駐車場ばかりの町となってしまいます。
古いビルでもコンセプト次第では充分ニーズがあるという事を示し、高さ制限などの景観問題よりも、もっと深刻な問題である、古いビルの活用、空きビルの対策に、一石を投じるという事です。

二つ目は、スモールオフィス、ホームオフィスというSOHOの本来の意味に立ち返り、SOHOという働き方、暮し方を研究し、日本人の働き方、仕事観を変革したいというウエダ本社の目的に向かって、新たな働き方を研究していく事です。

そして三点目は、様々な人が面白がって出入りするビル、地域の人が立ち寄れるビルにする事によって、この地域の核となり、五条地区を盛り上げていく事です。

五条エリアは、京都駅エリアと四条エリアに挟まれ、単に通過する道であり、人が目的を持って訪れる地域とはなっていません。
国道一号線でもある五条通りを、ウエダ本社が核となって、人を呼び込み、発信していき、京都駅、四条エリアとは別の魅力を持つ地区に活性化させていきたいと思います。

ウエダ本社は、京都流議定書など、京都に向けて何ができるか?という姿勢で取り組んで来ましたが、この南ビルのリノベーションを機に、もっと足元を見て、生まれ育った五条に向けて何ができるか?を追求し、五条を基点に今後の京都のあり方を考えていきたいと思います。