2012年4月7日土曜日

宝塚デビュー??

先日、元タカラジェンヌの方の講習に参加させて頂きました。

宝塚の厳しさはテレビでも見た事はありましたが、お話を聞いて衝撃を受けるのと共に、今なお、それが守られ、通用している事に、やはりそうか、と思うところもありました。

小さい頃から憧れて来て難関を突破したという事はありますが、音楽院の1年目は、1、2時間しか寝ていなかった、笑っている時間すらなかったという状況下、廊下は壁づたいに歩く(真ん中は先輩が通る)、先輩にはドアを開けさせない(どんな状況でも走っていって下級生がドアを開ける)、先輩が何か行なっている際には、用事があっても話かけず、先輩の様子を見ながらタイミングを見て、話に行く、などなど、先輩の言う事に対しては、絶対服従を求められます。
正に、カラスは白いです!の世界なのです。

そして、先輩などに対してのミスも全て連帯責任、一人の失敗は皆の失敗という事を徹底させるのです。

たくさんの規則は、忍耐力のある人間へ、上級生への規則は、敬い、心配りのできる人間へ、同期内での規則は、信頼感、結束力のある人間へ、という事を求めてのものだという事でした。

上級生は、下級生の一つ一つの行動をチェックし、厳しく指導するのですが、一人の先輩が仮に可哀相と思って注意の仕方が甘くなると、その上級生は又、あなた一人が甘く注意したら、今までの先輩方が自分を律して厳しく指導して来た事が全てパーになるとして、上級生に対しては、その厳しさを求められるとの事で、こういう経験を経て来ると、あの一年目の厳しい状況、怒られ続けた状況の時が一番楽だったと皆思うという事でした。

そして、人を怒るという事がどれだけ力の要る事で、どれだけ自分の事を見ていてくれないとできないかが分かり、怒られる事の有難みが分かったという事で、先輩は後輩を教え導く責任を持ち、後輩は先輩から学ぶ素直さを持つ事を求められるのです。

予科生という下級生時代の通学は、歩き方からカバンの持ち方まで決められているそうですが、ある時通学中に虫が飛んで来たのをはらった姿を見られていて、それも連帯責任を取らされたそうですが、それは、舞台は、毎回本番であり、その時来られているお客様は、一回限りかも知れない中、公演中に虫が飛んで来ても集中していなくてはいけないというプロ意識を植え付けているのです。

そんなタカラジェンヌ達が、SMAP×SMAPで共演し、一緒に踊る収録をしていて、彼らがNGを出した際、”すいませーん、もう一回”などと言っている姿を見て、”芸能界って、こんなので許されるのか”と驚いたそうです。

そんな厳しい状況、教育は、人間性を養う為のものであり、感性を磨く為のものであるという事で、
先輩の動き、雰囲気を見て、察して行動が取れるという感性を磨かないと、そしてそんな人達の集団であり、その人達が結束した形でないと、最高の舞台は作れないという事なのです。

当然、小さい時から憧れ続けて入ってきたという違いが圧倒的に大きいですが、それでも今の一般的な風潮はどうでしょう?

簡単に反論、言い訳をする、教えてもらわないとできない、しかも、それを見える化、マニュアル化できていない事のせいにする、怒られる事、注意される事に慣れていない、又、先輩や上司達は、
嫌われたり、表面上の関係が壊れるのを怖がって、怒らない、人前で怒ってはいけない、注意するのではなく、褒めて、良い所を引き出して育てないといけない、そして、その方向が如何にも正しいという風潮、この様な事に人間としての本質として、根本的には納得し切れていない私としては、
やはりそうなのか、と納得しました。

人の弱みを分かったり、多様性や違いを受け入れる事は重要ですが、短所もハンデも全て受け入れる事と、甘い事は違います。

何か、やはり、優しいという言葉を、はき違えていないでしょうか?
何か、優しいというのが、表面的や偽善的になっていないでしょうか?

98年もの間、全くその思想、指導を変えず、今の若者にも通用している宝塚のお話は、忘れ去られていくというより、そんな対し方は駄目だとさえ思われる今の感覚に一石を投じるお話だと思いました。

全く興味なかったですが、そんな舞台を観てみたくなりました。

この年になって、宝塚デビューでもしようかな(笑)

0 件のコメント:

コメントを投稿