先日、尊敬するアミタホールディングスの熊野会長と久しぶりに、二人でじっくりお話させて頂きました。
私が熊野会長を尊敬するところは大きく二点で、一点は、環境という領域でビジネスなどが無かった30年以上も前から、「自然資本と人間関係性資本が増幅する持続可能な社会」を目指して、それこそビジネスとして持続可能なスタイルを確立し上場まで果たされたという、強烈な思いとその実行力、そして二点目は、私も偉大な経営者を数々知っているつもりですが、感性も持たれた上で、これ程、ボキャブラリー豊富で論理的に話ができる方はおられないと思うところです。
自然資本と、人間関係資本が増幅する持続可能な社会・・難しいでしょ?
でもこれを30年以上前から追いかけ、環境という領域で上場までされて、その上場益をつぎ込んで信頼資本財団という財団を作り、3・11後は、この自然資本と・・という事に定款変更をし、その実現には京都しかないと、本社まで京都に移されたという様に、想いを実現して来られたのです。
大変有り難い事に、そんな熊野会長から、共感性が有るとの事から、信頼資本財団さんの事務所を当社に置いて頂いている事もあり、お話もさせて頂く機会も多いのですが、会長とお話すると、もやっとしている事が、答えていく内に分析され整理され、見える形になるのです。
先日も私が自分自身でも感じている、人付き合いにおいての二面性について話していました。
私自身、不思議でもあり、私の事を良く知っている人からも不思議がられるのですが、経営者の集まりなどで仲良く?二次会、三次会へ流れていくという事を殆どしないですし、基本的に群れて行動するのはあまり好きではないのに、方や、幅広い人脈だとか、交流と言われる様に、”人”自体には大変興味があり、多様な人と関わりたい自分、何処にでも参加していく自分が居るのです。
又、相手の地位やビジネス上の実績だけでは全然凄いと思わない尊大な自分と、若い人の事をよく面倒みているね・・などと言われますが、トンでもない話で、若い人の事、まだ実績もない人達の事を本当に尊敬している、良く言えば、謙虚な自分も居ます。
そんな話をしていると会長から、”岡村さんは、存在価値への欲求が強く、その価値追求をしているんだね?”と言われて、目から鱗でした。
だから、多くの人がすり寄ったりする立派な成績を収めている経営者や、幾ら、面白い、凄いと周りが言っていても、存在意義を持っている様に感じない人には、ハッキリ言って尊敬できず、反対に、年齢、性別などは勿論、実績や、賢さ、説明の上手さなど全く関係なく、存在価値に向かって生きている人、行動している人には、大変興味を持ち、素直に尊敬しているのだという事が腹落ちしたのでした。
そうか、だから学生含めて、周りの若い人の話はよく聞くのに、自分の所の社員には、もっと生きる事に価値を見出してほしいと厳しくなってしまうのも、そのせいだったのか?、と変に納得しました(笑)
生きる事や、存在価値に欲求が強い人を尊敬するのと共に、存在だけで役に立っているのだという視点を併せ持って、もっと、皆にも優しくなりたいと思います(笑)
2014年8月31日日曜日
2014年8月24日日曜日
日本型コミットメント
今朝まで北海道におりました。
参加させて頂いているトップフォーラムが帯広であり、カルビーの伊藤社長の講演とカルビーさんの契約農家の視察&イモ掘りという勉強会でしたので、イモ掘りには子供も便乗させて頂きました。
実は、お盆休みを取っていませんでしたので、家族も帯同し、休暇に変えて、勉強会の前後一日を北海道で過ごさせて頂きました。
と言っても、行き帰りのチケットがうまく取れず、千歳に入ってレンタカーでの行き来でしたので、殆ど移動で運転手状態でしたが。
この会には元々、カルビー創業家の松尾相談役もメンバーであり、又、その松尾相談役が上場を託してヘッドハンティングされた松本現会長も名前は連ねておられる事から、この様な特別勉強会を行って頂けたのですが、カルビーさんは、働き方の変革を唱えている我々にとっても、日本企業の良さを残しながら、グローバル企業に変貌していかれる姿を、間近で見せて頂くことができる、この上ない存在です。
30年以上も前から、農家と専属契約をするという事は、その時代には全く考えもつかない事で、量的な安定と、農業や、農家に対しての考え方を抜本的に変えないとできない事であったと思います。
単に自社だけの目先の利益を考えるのではなく、農家と共に道を切り拓いていく姿勢でないと無理であったと思いますし、その事は、実際訪れた農家でも、80歳のお爺さん、50代の息子さん、20代のお孫さんの三世代が一緒にイキイキと働かれる姿や、カルビーの方との距離感からも見て取る事ができました。
個人の成長が会社の成長に繋がるとのスタンスもしっかり持っておられますが、同時に、コミットメントを求められ、二年連続でコミットメントが守られなければ降格という事も明確にルール化されている様でした。
この辺りは、our credo が有名なジョンソン&ジョンソンの日本支社長であった松本会長のバランスからくるものだと思いますが、未上場時代の優しいけれど、悪く言えば甘い(と言っても一般レベルからいけば素晴らしい業績です) 会社から、世界の食品会社と戦える会社に変貌させていこうとしておられるところなのだと思います。
それだけに、外資系のコミットメントや、単に、売上、利益の結果だけを出せば良いという成果主義とは似て非なるものだと思いますし、実際この点については、カラオケの歌声が流れる二次会の席で、伊藤社長に、じっくり確認させて頂きました(笑)
松本会長が強烈なリーダーシップでビシビシ展開されておられるイメージでしたが、実際は、年初にじっくり二人で摺り合わせをされ、あとは殆ど打合せらしきものをしないと言われる伊藤社長ご自身も、会議は基本的に無しで、下への権限移譲の連鎖を作っておられます。
その自主性を重んじるところと、その一方での理念、価値観の摺り合わせ、又、食品会社としてのリスク管理やコンプライアンス上の管理や仕組みという、それぞれがトレードオフの関係になる様な要素をバランスさせるという事が、今後の日本企業の本当の意味でのグローバル化なのだと思います。
そして、世界を含めた外部環境下での松本会長の展開と、創業からの良き時代を知り、言わば日本的成果主義の在り方を構築していかれているのが伊藤社長、という素晴らしい掛け合わせなのだと感じました。
世界で注目された日本の家電メーカーが創業家の理念継承をうまくできず苦しんでいるだけに、カルビーさんの今後の展開は日本全体としても大いに注目すべきだと思います。
自主性(自由)と厳しさ(責任)のバランスは、以前、東京本社のオフィスも見学させて頂いた際にも、見事にそのメッセージが表されている様に感じましたし、表面上、優しいところ(効率的にみれば甘いところ)だけ、真似しかけていて、信じて頂けないかもしれませんが(笑)、私自身の存在感をドンドン消していこうとしているウエダ本社でも、新年度から、放任ではない、個人の分権を進め、日本型のコミットメントを研究していきたいと思います。
参加させて頂いているトップフォーラムが帯広であり、カルビーの伊藤社長の講演とカルビーさんの契約農家の視察&イモ掘りという勉強会でしたので、イモ掘りには子供も便乗させて頂きました。
実は、お盆休みを取っていませんでしたので、家族も帯同し、休暇に変えて、勉強会の前後一日を北海道で過ごさせて頂きました。
と言っても、行き帰りのチケットがうまく取れず、千歳に入ってレンタカーでの行き来でしたので、殆ど移動で運転手状態でしたが。
この会には元々、カルビー創業家の松尾相談役もメンバーであり、又、その松尾相談役が上場を託してヘッドハンティングされた松本現会長も名前は連ねておられる事から、この様な特別勉強会を行って頂けたのですが、カルビーさんは、働き方の変革を唱えている我々にとっても、日本企業の良さを残しながら、グローバル企業に変貌していかれる姿を、間近で見せて頂くことができる、この上ない存在です。
30年以上も前から、農家と専属契約をするという事は、その時代には全く考えもつかない事で、量的な安定と、農業や、農家に対しての考え方を抜本的に変えないとできない事であったと思います。
単に自社だけの目先の利益を考えるのではなく、農家と共に道を切り拓いていく姿勢でないと無理であったと思いますし、その事は、実際訪れた農家でも、80歳のお爺さん、50代の息子さん、20代のお孫さんの三世代が一緒にイキイキと働かれる姿や、カルビーの方との距離感からも見て取る事ができました。
個人の成長が会社の成長に繋がるとのスタンスもしっかり持っておられますが、同時に、コミットメントを求められ、二年連続でコミットメントが守られなければ降格という事も明確にルール化されている様でした。
この辺りは、our credo が有名なジョンソン&ジョンソンの日本支社長であった松本会長のバランスからくるものだと思いますが、未上場時代の優しいけれど、悪く言えば甘い(と言っても一般レベルからいけば素晴らしい業績です) 会社から、世界の食品会社と戦える会社に変貌させていこうとしておられるところなのだと思います。
それだけに、外資系のコミットメントや、単に、売上、利益の結果だけを出せば良いという成果主義とは似て非なるものだと思いますし、実際この点については、カラオケの歌声が流れる二次会の席で、伊藤社長に、じっくり確認させて頂きました(笑)
松本会長が強烈なリーダーシップでビシビシ展開されておられるイメージでしたが、実際は、年初にじっくり二人で摺り合わせをされ、あとは殆ど打合せらしきものをしないと言われる伊藤社長ご自身も、会議は基本的に無しで、下への権限移譲の連鎖を作っておられます。
その自主性を重んじるところと、その一方での理念、価値観の摺り合わせ、又、食品会社としてのリスク管理やコンプライアンス上の管理や仕組みという、それぞれがトレードオフの関係になる様な要素をバランスさせるという事が、今後の日本企業の本当の意味でのグローバル化なのだと思います。
そして、世界を含めた外部環境下での松本会長の展開と、創業からの良き時代を知り、言わば日本的成果主義の在り方を構築していかれているのが伊藤社長、という素晴らしい掛け合わせなのだと感じました。
世界で注目された日本の家電メーカーが創業家の理念継承をうまくできず苦しんでいるだけに、カルビーさんの今後の展開は日本全体としても大いに注目すべきだと思います。
自主性(自由)と厳しさ(責任)のバランスは、以前、東京本社のオフィスも見学させて頂いた際にも、見事にそのメッセージが表されている様に感じましたし、表面上、優しいところ(効率的にみれば甘いところ)だけ、真似しかけていて、信じて頂けないかもしれませんが(笑)、私自身の存在感をドンドン消していこうとしているウエダ本社でも、新年度から、放任ではない、個人の分権を進め、日本型のコミットメントを研究していきたいと思います。
2014年8月17日日曜日
それぞれのバランスシート
企業の評価にはバランスシート(貸借対照表)というものがありますが、この考え方って、結構いいと思います。
バランスシートとは資本の調達先と運用を表すものですが、それだけに資産と負債がイコールで表され、最終というのか、左右それぞれの合計は同じになります。
ただ、当然、その中身がそれぞれ違って、それぞれの考え方がある筈なのに、効率などの一面的な評価を気にし過ぎているのではないか?と感じます。
勿論、上場企業や、他人資本が多い場合は、勝手にはできないですし、経営者として会社価値を最大化を目指すというのは当然であるという前提なのですが、それを分かりつつの問題提起として、特に未上場企業で、借入金なども少なく、株主も身内が多い中小企業などの場合は、もっと自社の考えを表していけば良いと思います。
ウエダ本社は今月が決算です。
前の期から、決算の業績見通しにおいて決算賞与を出す様にしているのですが、今年度は社員達で決めた目標も下回っており、ハッキリ言って決算賞与を出す業績ではありません。
ただ、売上、利益の損益計算書上では良い業績ではありませんが、組織として、又、皆の意識としては確実に成長をしており、しかも赤字ではないので、些少ではありますが、出すことにしています。
我々の様に未上場で、現在実質的には無借金の会社で、しかも、ステークホルダーの優先順位において、社員を一番に掲げているのですから、売上、利益という表面上の成績だけを捉えて、決算賞与は無しという決定はおかしいと思います。
大変レベルの低い経営をしておきながら甘い!と言われると思いますが、少なくとも未上場企業においては、ROEなどで効率を考えるのではなく、バランスシートに意思を持っていくべきだと思いますし、一面的な外部評価からの呪縛から逃れるべきだと思います。
人の成長も勿論ですが、その、人が集合した組織なのですから、成長というものも色々な見方があると思います。
この投資を実行すれば、昨年よりも最終成績は落ちるが、企業や組織の成長としては実行すべきなら、そして、その方向を目指す企業なら、実行していくべきだと思うのです。
メタボ評価ではないですが、ウエスト85センチ以上がメタボで、84.9センチ以下だとセーフ
という基準、指標ができると、それが独り歩きしていき、その数値だけで企業や、人の評価が決まっていく事が多いですが、もっと多面的な評価ができないものか?と思います。
ちょっと意味は違いますが、長所の裏は短所であり、同じ事が見方を変えればどちらにもなります。
又、良いという事、例えば今、お金的に成功している事が、実は、人間的には驕りや傲慢さを生んでマイナスであったり、幸福と不幸はそれぞれ本来はバランスされていて、それは他人と比べるものではなく、個人個人のバランスシートで考えればいいのだと思うのです。
大金持ちで資産は大きいですが、その反対側の負債となるべき事は必ずあるものです。
逆に、自分は不幸ばかり、という人は、それが糧となる経験という資産を得ているのだと思いますし、逆境を跳ね除けて、常人ではできない価値を生み出しておられる人も沢山おられます。
自分自身をそれこそ棚卸し、自分自身のバランスシートを考えてみるのもいいのではないでしょうか?
バランスシートとは資本の調達先と運用を表すものですが、それだけに資産と負債がイコールで表され、最終というのか、左右それぞれの合計は同じになります。
ただ、当然、その中身がそれぞれ違って、それぞれの考え方がある筈なのに、効率などの一面的な評価を気にし過ぎているのではないか?と感じます。
勿論、上場企業や、他人資本が多い場合は、勝手にはできないですし、経営者として会社価値を最大化を目指すというのは当然であるという前提なのですが、それを分かりつつの問題提起として、特に未上場企業で、借入金なども少なく、株主も身内が多い中小企業などの場合は、もっと自社の考えを表していけば良いと思います。
ウエダ本社は今月が決算です。
前の期から、決算の業績見通しにおいて決算賞与を出す様にしているのですが、今年度は社員達で決めた目標も下回っており、ハッキリ言って決算賞与を出す業績ではありません。
ただ、売上、利益の損益計算書上では良い業績ではありませんが、組織として、又、皆の意識としては確実に成長をしており、しかも赤字ではないので、些少ではありますが、出すことにしています。
我々の様に未上場で、現在実質的には無借金の会社で、しかも、ステークホルダーの優先順位において、社員を一番に掲げているのですから、売上、利益という表面上の成績だけを捉えて、決算賞与は無しという決定はおかしいと思います。
大変レベルの低い経営をしておきながら甘い!と言われると思いますが、少なくとも未上場企業においては、ROEなどで効率を考えるのではなく、バランスシートに意思を持っていくべきだと思いますし、一面的な外部評価からの呪縛から逃れるべきだと思います。
人の成長も勿論ですが、その、人が集合した組織なのですから、成長というものも色々な見方があると思います。
この投資を実行すれば、昨年よりも最終成績は落ちるが、企業や組織の成長としては実行すべきなら、そして、その方向を目指す企業なら、実行していくべきだと思うのです。
メタボ評価ではないですが、ウエスト85センチ以上がメタボで、84.9センチ以下だとセーフ
という基準、指標ができると、それが独り歩きしていき、その数値だけで企業や、人の評価が決まっていく事が多いですが、もっと多面的な評価ができないものか?と思います。
ちょっと意味は違いますが、長所の裏は短所であり、同じ事が見方を変えればどちらにもなります。
又、良いという事、例えば今、お金的に成功している事が、実は、人間的には驕りや傲慢さを生んでマイナスであったり、幸福と不幸はそれぞれ本来はバランスされていて、それは他人と比べるものではなく、個人個人のバランスシートで考えればいいのだと思うのです。
大金持ちで資産は大きいですが、その反対側の負債となるべき事は必ずあるものです。
逆に、自分は不幸ばかり、という人は、それが糧となる経験という資産を得ているのだと思いますし、逆境を跳ね除けて、常人ではできない価値を生み出しておられる人も沢山おられます。
自分自身をそれこそ棚卸し、自分自身のバランスシートを考えてみるのもいいのではないでしょうか?
2014年8月9日土曜日
信頼は資本になるのです。
ウエダ本社の北ビルには信頼資本財団の事務局が入って頂いています。
信頼資本財団というのは、"信頼"が"資本"となって回っていく世の中にしないといけないという、アミタホールディングスの熊野会長が、上場益をつぎ込んで作られた財団ですが、私もこの、"信頼"が"資本"となって回る世の中に、という考え方には全く共鳴しており、我々はそれを企業や職場へ展開したいと、ご指導も仰ぎながらご一緒もさせて頂いております。
こちらもご指導も頂きながら、目指すべき企業姿勢のTOPとも言える伊那食品工業さんの社是、いい会社を作りましょう、そして塚越会長の年輪経営は、企業のあるべき姿を最も表していると思います。
又、その社是を真似て、いい会社を増やしましょうとされた鎌倉投信さんは、金融の世界で、お金の力を、いい企業をサポートする意志に変えていく事を目指しておられます。
働き方の変革、あちこちで議論されたり、標榜している会社もたくさん出てきましたが、いつももどかしい感じを受けます。
何故か?
当たり前ですが、それは手法やスキルの話ではなく、私の中で結論は明確になっているからです。
私の中でと言いましたが、私だけではないし、私などまだまだで、明確に分かっておられる会社、人も沢山おられるのですが、残念ながら日本全体においてはマイノリティーなのです。
これを何とか変えていきたい、これが私の想いでもあり、ウエダ本社の展開なのです。
うちの会社がリノベーションに乗り出したのも、KYOCAというビルを手掛けるのも、こういう力を結集すると、従来では無かった価値を生むという事を目に見える形にしたいからなのですが、
そんな中、先日大変嬉しい事がありました。
そのKYOCAというビルで、まだまだ課題だらけの所から、信頼や繋がりで価値創造をしていきたいからと、今後新たに関わる関係者は、私達のこの考えが分かる人、会社を集めていきたいとワガママを言わせて頂き、新たに決めるタイミングであったビルメンテナンスの会社を、その価値観に合った所を採用して頂きました。
それまでに暫定的に入って頂いていた会社さんが悪かったわけではなく、むしろお断りする際の電話でも、社長さんの対応などは素晴らしいものでした。
それでも、推薦させて頂いたワタナベ美装さんという会社は、実は一緒に仕事はした事はありませんでした。
元々は、何処かで私が講演した際にお越し頂き、その後、うちの考え、取り組みにも共鳴して頂き、セミナーや研修などに積極的に参加して頂いていました。
勿論、うちの話などに敏感に反応される会社さんですから、自社での取り組みや社員さんへの想いは、完全に負けているなあと思っている素晴らしい会社さんでした。
その会社さんに入って頂いて10日程経過した頃、うちの担当者がテナントに入って頂いている女性スタッフの方から、「清掃が素晴らしくなりました、対応して頂いてありがとうございました」とお礼を言われて驚いて帰ってきたのです。
「たかが掃除と言うなかれ」という本もありましたが、同じ様な清掃業務で、しかも私も見る限り、前の会社さんも悪くなかったのに、どこでそんなに違いが出るのか驚きですが、同時に、信頼が価値を生む事をまざまざと見れて大変嬉しく思ったのでした。
そして少しづつKYOCAには、そんな想いを持った人、信頼という資本を持ち、それを生かしていける人が集まり出しています。
いずれは、お金や条件だけを目指す人、利己的な考えだけを持った人が引っかかるゲートでも設けようかな。
2014年8月2日土曜日
オーケストラの様な組織
先月末で育休を取得していた女性社員が退職しました。
予定では9月から復帰する事になっていたのですが、育児に専念したいとの事でした。
ウエダ本社の風土改革においては貢献してくれた社員だけに、残念ではありますが、双子で、しかも産まれた際、ちょっと心配な時期もあったのですから、ある程度、予測もしていました。
この会社でなかったら、こんなわがままは聞いてもらえなかった、と言ってくれていましたが、結婚前にも辞めるという話があり、もうちょっと経験を積んだ方がいいんじゃない?とのアドバイスから、思い直して残ることとなり、その後結婚し、妊娠した際に退職依頼してきたものの、双子と分かると生活の事を考えて一転、産休、育休を取って残りたいと変遷してきたのでした。
それで9月から復帰するという事になっていたのですが、やはり育児に、、と、反転したのでした。
一方で、元々は産休の間の契約で募集したつもりが、新卒で意欲の高い学生が来てくれたので、結果的にそれも二人を、正社員で採用していたので、復帰してもらった場合も、双子のママで通勤にも1時間半程かかる、かなり制限された中、どの様に役割を持ってもらうか、どの様な仕事を作っていくか?まだ明確には描けていませんでした。
選択と集中を基本と考える様な効率経営からすれば、私の行なっている事はナンセンスだと思います。
こちらで集中して、そこに人を割り振るのではなく、その人が何をやりたいか?から仕事をつくり、居る人からどの様に構成するかを考えるのですから。
彼女が担当していた印刷という仕事も、彼女がやりたかったり、彼女がいずれ実家の仕事を手伝える事も考えて作っていっただけであって、やる人が居なければ、社内でやる必要もないとも思っています。
当社は、日本人の働き方を変革していく事を目指していきますので、会社側の立場に立てば見えていない事を、人にSPOTを当て、反対からの発想で考えていこうと思います。
会社とは、個人が自分や家族の人生をかけてそこに多大な時間も費やしていくのですから、そこにかける人達のやりたい事、やれる事を発揮できる場を用意すべきだと思いますし、個人のやりたい事ややれる事と会社の方向性、使命とを擦り合わせていく事が経営者の仕事だし腕の見せ所だと思います。
結果が出ていない中、私が言っても信憑性がないですが、TOPダウンで全て決め、システムに落とし込み、マニュアルを作ってそれに従わせて管理して結果を出すって、ある意味楽じゃないのかと思うのと、いくら高い給料を払っているからと言って、他人の人生を拘束している様な気がしてなりません。
会社の使命、存在意義を決め、価値観を唱えるのは経営者ですが、そこに集まった人達は、自分のやりたい事や、得意な事をそれぞれ、自らが自らの意思で行なっていくものだと思うのです。
経営というものは、人智を尽くして、最高のアートかイベントの傑作を創ることの様にも感じるのですが、いつか、人智を結集したオーケストラの様な組織の指揮をとってみたいものです。
2014年7月26日土曜日
ハイアットさんの姿勢に学ぶ
今回の京都流議定書は、毎年行なって来たハイアットリージェンシーさんではなくKYOCAでの開催だったのですが、ハイアットさんの対応には勉強させられましたし、感心しました。
京都流議定書を三日間の枠で六年間も続けて来られたのも、ハイアットさんの多大なご協力があってこそなのですが、今年は、KYOCA祝賀会も行なう事もあり、ハイアットさんには頭を下げ、KYOCAで開催する事にさせて頂きました。
その様な経緯と、京果さんの式典であるKYOCAオープン祝賀会を我々だけでは心もとない事から、式典の足回りの所だけはハイアットさんにお願いしていました。
ところが、料理が儲けとなるケータリングでありながら、KYOCAに入るテナントさんの商品も並べてもらう事としていたので、ハイアットさんにはそれ以外で料理を構成してもらうという、本当に穴埋め的な割の合わない仕事だったと思います。
しかし当日には、その見積もりでは絶対に合わないと一見して分かる人数と、ベテランも配備してもらい、持ち込みの機材で設え、料理も素晴らしく、全く経緯も何もご存知ない京果さんが、「やっぱりハイアットは対応が他と違うね」と評価される程のパフォーマンスを見せて頂きました。
通常なら、六年続いて来た商売が、理由はあるにせよ他に流れたのですから、いい加減な対応になっても仕方ないところで、少しの関わりの所で、採算度返しして対応するという姿勢を見せて頂き、有難いのと共に、感心させられました。
京果さんや又紹介をしたウエダ本社の為にという事もあるでしょうが、同時に仕事に対してのプロ意識やプライド、ブランド力を感じる対応で、組織として、大人な格好良ささえ感じました。
そんな姿をうちの社員はどの様に感じてくれているでしょうか?
三日間のイベントは本当に良くやってくれたと思います。
ただ、いつもの事ながら我々も決して京都流議定書をお祭りで行なっているわけではありません。
一所懸命しっかりとやる、それは素晴らしい事ですが、そこに何を目的としているのか?それを皆が共有し、そこに向かって、ここには力を入れる、やる時はトコトンやる!というメリハリをつけて、それぞれの役割を最大限に果たすというプロ意識、仕事意識をどれだけ持っていたでしょうか?
そんな所まで感じて、学んでくれたら、京都流議定書を全て自前で行なっている意味や価値も最大化されますね。
2014年7月21日月曜日
新・京都流議定書
第7回の京都流議定書も無事終了しました。
第7回とは言え、この一年の間で人の入れ替わりもあり、イベントが初めての人も多い中、
場所は恒例となったハイアットリージェンシーさんではなく、新しくオープンするKYOCAで、これだけでも相当なマイナス要因でした。
ハイアットさんで行なっていると、まず良い空間が準備されているので、何もなくてもそれなりに見えたりします。
又、オペレーションにおいてもサポートして頂いているのに対して、全く0から全て自分達で作り上げなくてはなりません。
そこに加えて三日目には、KYOCAのオープニング祝賀会も、"運営はウエダ本社で"、という事となり、京都青果合同さんの大事な式典を我々では、しかもそれだけに集中できる状況ではない所では、あまりにも荷が重すぎると、相当心配していました。
ましてや、これは知って頂いていると思いますが、我々はイベント設えの会社でも広告代理店でもなく、これらは全て社員からすれば業務外での話なのです。
京都流議定書を褒めて頂く事は本当に多いのですが、その全貌をご理解頂いている方は、まだ少数だと思います。
京都流議定書は三日間フルに見て頂かないと、その価値も、社員の大変さもごく一部しか分かりません。
三日間、いくつもの団体や人と連携しているので、その方々は、そこだけのつもりで要望などを言って来られます。
それに応えながら、うちの社員は全く別の方々からの要望にも合わせて、それらを三日間の中でできるだけ要望に応えられる様に、設えも作っていっているのです。
今回の三日目も、知事、市長、前原前外務大臣なども来られた式典の後は、あたらしいフード会議で、かぼちゃを切ってスムージーを作るという様なワークショップを行なっているのです(笑)
そんな状況を全てクリアし、ほぼクレームや失敗を聞かずに終了できた事は、本当に、自社の社員ですが賞賛に値すると思いますし、今回のイベントで確実に一つの壁を越えてくれたと思います。
社員は大変ですが、京都流議定書の価値はやはり、三日間バラバラな層がここに集まるという所で、それを混じり合わせていく事なのです。
そしてそれを、食の世界で起こしていきたいのがKYOCAというビルなのです。
京都流で言えば、初日の人、二日目の人、ワークショップの人、それぞれから、要望と共にダメだしをされます。
それは初日しか見ていない人は、初日の感覚で、もっとこうすべき、何故こうなんだと言われるのですが、その人には見えていない二日目、三日目も有り、それらを含めたトータルが京都流議定書の価値であり、KYOCAの価値なのです。
社員も様々な対応をこなしてくれたので、私も又、様々な所からダメだしを浴びながらでも、KYOCAでも又、混ぜ合わせながら価値を生み出していきたいと思います。
2014年7月13日日曜日
京都流議定書、KYOCA、暗黙知から
今週末は京都流議定書を行います。
7回目を迎える今年は、今までとは全く違うものであり、大きな転換期となると思います。
ずっとお世話になってきたハイアットリジェンシーさんではなく、今年は、リノベーションしたビルのお披露目も含めてKYOCA(京果会館)で行なう為、不安要素たくさんです。
そもそも広告代理店やイベント設営などの会社を使わず、たかだか30人の会社で、全部自前で行なってきた事自体が無謀であった面もあるのですが、そこはハイアットさんの設備、オペレーションのベースの上に乗っかっているところが大きく、ある意味最低限の運営は担保されているという側面がありました。
ところが今回は、ホントに全て自前であり、設備も新設で初めての使用、そこにお披露目も含めてたくさんの方が一挙に入られるという、専門の方からすれば、相当無謀な話だと思います。
昨年のこの時期(イベントの1週間前くらい)に、”来年のイベントでは、これまで行なってきた企画から私はやらないので、まず、京都流議定書が皆にとって要るのか要らないのか?から考えてのぞんで欲しい”と言っていました。
それには大きな二つの意味があり、一つは京都流議定書というイベントが大変評価を頂いているにも関わらず、自分達の物になっておらず、ボランティアかお祭りか、作業や現場仕事だけで行なっているという状況から脱却させなければならない事と、もう一つは、今年の時点、そしてそれ以降、私はKYOCAの方にベッタリ関わっていかなくてはならないであろうから、ウエダ本社の運営自体も全て、自らが主体となって行ってもらいたいと考えての事からでした。
今回、施設的にも、オペレーション的にも頼るものが何も無い中運営し、何人かが、京都流議定書を行っている事のメリット、強みを体感してくれれば、ウエダ本社での運営、働き方自体も変わっていくと思いますし、そこに行かないと、働く環境の総合商社と標榜しているウエダ本社としての独自性、存在意義も構築していけないのです。
今週、当社も共催で関わらせて頂いている京大こころの未来研究センターでのセミナーで、野中郁次郎さんの下で動かれている富士通総研の方の講演があり、久しぶりに暗黙知と形式知の話を聞きました。
京都流議定書は、”こういう事が大事”、”絶対ここの筈”と当初から考えていた私なりの暗黙知を、その後、色々な方との出会いや、学びなどから、軌道修正、紆余曲折しながら、会社としてのナレッジ、形式知にしていく事ができるのか?という段階なのだと思います。
それを皆に託しながら、私は又、ど素人でありながら、ある専門のデベロッパーの方から言わせると、イキナリやるには、最も難易度の高いプロジェクト(色々な状況含めて)だと言われるKYOCAの方に全力を傾けたいと思っています。
こちらでは又、色々な人からダメ出しも頂いていますが、それでも”絶対これでいける筈”という自分なりの暗黙知で、頭を打ちながらも進めていきたいと思います。
と言いながらも、ウエダ本社独自の話ではなく、時間をゆっくり掛ける訳にもいきませんので、この大きな魅力の形式化にご協力頂ける、それぞれのプロフェッショナルな方がおられましたら、是非ご協力下さい!
7回目を迎える今年は、今までとは全く違うものであり、大きな転換期となると思います。
ずっとお世話になってきたハイアットリジェンシーさんではなく、今年は、リノベーションしたビルのお披露目も含めてKYOCA(京果会館)で行なう為、不安要素たくさんです。
そもそも広告代理店やイベント設営などの会社を使わず、たかだか30人の会社で、全部自前で行なってきた事自体が無謀であった面もあるのですが、そこはハイアットさんの設備、オペレーションのベースの上に乗っかっているところが大きく、ある意味最低限の運営は担保されているという側面がありました。
ところが今回は、ホントに全て自前であり、設備も新設で初めての使用、そこにお披露目も含めてたくさんの方が一挙に入られるという、専門の方からすれば、相当無謀な話だと思います。
昨年のこの時期(イベントの1週間前くらい)に、”来年のイベントでは、これまで行なってきた企画から私はやらないので、まず、京都流議定書が皆にとって要るのか要らないのか?から考えてのぞんで欲しい”と言っていました。
それには大きな二つの意味があり、一つは京都流議定書というイベントが大変評価を頂いているにも関わらず、自分達の物になっておらず、ボランティアかお祭りか、作業や現場仕事だけで行なっているという状況から脱却させなければならない事と、もう一つは、今年の時点、そしてそれ以降、私はKYOCAの方にベッタリ関わっていかなくてはならないであろうから、ウエダ本社の運営自体も全て、自らが主体となって行ってもらいたいと考えての事からでした。
今回、施設的にも、オペレーション的にも頼るものが何も無い中運営し、何人かが、京都流議定書を行っている事のメリット、強みを体感してくれれば、ウエダ本社での運営、働き方自体も変わっていくと思いますし、そこに行かないと、働く環境の総合商社と標榜しているウエダ本社としての独自性、存在意義も構築していけないのです。
今週、当社も共催で関わらせて頂いている京大こころの未来研究センターでのセミナーで、野中郁次郎さんの下で動かれている富士通総研の方の講演があり、久しぶりに暗黙知と形式知の話を聞きました。
京都流議定書は、”こういう事が大事”、”絶対ここの筈”と当初から考えていた私なりの暗黙知を、その後、色々な方との出会いや、学びなどから、軌道修正、紆余曲折しながら、会社としてのナレッジ、形式知にしていく事ができるのか?という段階なのだと思います。
それを皆に託しながら、私は又、ど素人でありながら、ある専門のデベロッパーの方から言わせると、イキナリやるには、最も難易度の高いプロジェクト(色々な状況含めて)だと言われるKYOCAの方に全力を傾けたいと思っています。
こちらでは又、色々な人からダメ出しも頂いていますが、それでも”絶対これでいける筈”という自分なりの暗黙知で、頭を打ちながらも進めていきたいと思います。
と言いながらも、ウエダ本社独自の話ではなく、時間をゆっくり掛ける訳にもいきませんので、この大きな魅力の形式化にご協力頂ける、それぞれのプロフェッショナルな方がおられましたら、是非ご協力下さい!
2014年7月6日日曜日
10周年の伊那フォーラムで感じる事、継承すべき事
昨日は日帰りで若手社員3名と共に伊那フォーラムに行ってきました。
今年10年目を迎える伊那フォーラムは、経営品質だけでもないのですが、何と言えば良いのか、
ある分野においてのオールスターの様なキャスティングでした。
第一部から、そう言えば、この組み合わせも見たことなかったなあという、大久保寛司さんと鬼澤慎人さんの対談から始まり、二部は、大久保さんコーディネーターで、塚越会長と川越胃腸病院の望月院長という、この分野においては、ツートップとも言える方の鼎談、そして第三部は、元々日本青年会議所時代に鬼澤さんが、日本を良くする為には地域を良くしなければならない、地域を良くする為には中小企業を良くしなければならないとの想いに呼応された、伊那フォーラム立ち上げの織井さん、高知で、今やネッツトヨタ南国さんと並ぶベンチマークされる企業に仕立てて来られた四国管財の中澤さん、そして京都でこの流れを作り、ある意味私に取ってもパートナーと言える人見さんをパネリストに鬼澤さんコーディネートという、三部のキャスティングに加えて、元リッツ日本支社長の高野さんや、鎌倉投信の鎌田さんなども飛び入りでお話しされるという、ぞれぞれの紹介だけで何話もブログが書けてしまう様なものでした。
そもそも水戸の鬼澤さんが、何故、信州伊那で、こんな事を呼び掛けられたのか?
ウォール街に勤められ、日本に戻って来られた際に、仲間の倒産を目の当たりにされ、家業継承に悩む織井さんと話す中で、伊那を、中小企業を元気にしていくメッカにしていこうとの話から、スタートして来られたそうですが、何故、伊那をメッカに?という事については、メッカという地の条件は、行きづらい事だそうで、伊那は適地なのだそうです。
勿論、それだけではなく、伊那には伊那食品さんが有り、塚越会長がおられるので、中小企業の社長達が巡礼?に来れるという地であるからでもあるそうです。
内容については、恵まれている事にそれぞれの方に勉強させて頂いている私にとっては、できていない事を再確認させられる事ばかりですが、一貫して出て来るのは空気感の話でした。
大袈裟ではなく、そこのスタッフの雰囲気、働き方を見るだけで涙が溢れて来るとまで評される川越胃腸病院さん、ブータン国王と親交が深い元世界銀行副総裁の西水美恵子さんが、同じ雰囲気と言われた事が契機で、丁度前日にブータンの大使がわざわざ来られた伊那食品さんには、良い"気"
が充満しており、それは、素晴らしい企業、組織、地域にも共通する事だという話です。
そして、それこそが企業、組織の価値で、これは直ぐに作れるものではないし、収益や効率だけを追いかけていては生み出せるものではないのです。
そこに行くには、まず想いがあって、企てがあって、そこを埋めて行く仕掛けと、そこに向かわせていくリーダーの資質が必要であり、TOPの人間力の差となるのです。
一緒に行った社員に感想を聞くと、社長と同じ事を言われてますね。という事ですが、これって一見喜ばしい事に聞こえますが、実はそうではないのです。
大久保さんが常々仰る事、"何を言うかではなく、誰が言うかなんですよ"
そういう差なのです。
しかし、その差を感じさせられるツートップとも言うべき塚越会長と望月院長がお話される会に、若手社員と一緒に行くという勇気と想いだけは分かってもらいたいですね。
決してMっ気からそうしているわけではありませんので(笑)
そして、日帰りなので懇親会にもでれず、折角来た社員にももっと雰囲気を味わって欲しかったなあと思っていると、何と塚越会長から、帰りに寄りなさいと言って頂き、うちの若手社員三人の為に、会長自ら、新しい施設などをご案内頂いたのです。
うちの会社も、伊那フォーラムの切欠にもなった鬼澤さんの想いや、それに呼応された大久保さん、京都で継承した人見さんのお陰で、こんな大きな資産を形成できる様になった事を自らが理解して、我々自身もこの価値を広めていかなくてはならないと思っています。
再来週18日からは、伊那フォーラムの流れを汲んだ京都フォーラムが二日目に行われる京都流議定書を行います。
今回は新しい場所での開催なので空気感はかなり心配ですが、京都流議定書も10周年を目指して、良い気を作りだしていきたいと思います。
2014年6月29日日曜日
プロセス思考と1対1
ワールドカップの話も、色々な方がされていると思いますし、日本についての評論についても様々な意見があります。
振り返ると、私がウエダ本社の社長になったのは12年前の5月であり、創業者から続けていた社報での社長コメントも6月から引継ぎ、7月には、その年、日韓共同開催されたワールドカップの話を書いていました。
"代表チームはその国を映す鏡" と言われるという話から、日本サッカーは1対1が弱いという事を書いていたのですが、12年経った今回も同じ様な印象があったのではないでしょうか?
マスコミなどの開催前の持ち上げ方から、負けた後の掌をかえした酷評や、全く正反対に、検討を讃えて温かく空港で迎える姿も日本を表していると思います。
結果を出せなかったアスリートにとって、慰められるのは決して嬉しくなかったりするそうですが、外国では同情的に検討を讃えるという事は少ない様に思います。
シュートで終わるとか、枠にシュートを蹴っているとか、どうベストを尽くしたのか?どう役割を果たしたのか?に対して厳しく、できていなかったり疎かにしていた事に対しての同情は無い様に思います。
対して日本は、結果だけでの上げ下げが極端で、中身とは関係なく、結果良ければ凄く持ち上げ、悪い場合は酷評と、逆に、感情的に可哀想と、同情するところもある様に思います。
この辺りは、実はうちの会社内でもずっと感じてきた所であり、このポイントを何とか掴んでくれないかとずっと取り組ながら、うまくいっていません。
企業にとって、毎期、毎月の成績は得点であり、勝敗という結果です。
お金をもらっているプロである以上、結果は残さないといけません。
ただ、何とか数字を上げろと、精神論で結果だけを追っても無駄であるのと、逆に、精神論だけで結果関係なく、頑張ったんだからと慰めるのも、プロとしてはナンセンスだと思います。
プロセス思考とでも言うのか、その目標を達成する為に、どの様に考え、どの様に行動するのか、そしてそのプロセスに対してどれだけ厳しいかが重要なのです。
パスやドリブルを繋いで、毎回シュートで終わったのか?は、やるべき事はやったのか?という問題であり、サッカー先進国のファンは、まずそこを見ている様に思います。
そこができていないとそれこそ日本の比ではない酷評も受けるのですが、シュートで終わると外しても一定の評価を受けるのはそういう理由で、日本の場合は、そのプロセスは関係なく、入ったかどうかで賞賛と酷評を決め、酷評がきついと、今度は同じプロセス、結果なのに、判官贔屓ともいうべき感情で、頑張ったんだからという同情論が出てくるのです。
勿論、ここに日本人の良さもあるのですが、この点が、最後には1対1の勝負時での弱さに繋がっている様に感じてなりません。
結果だけで一喜一憂、上げ下げしていたのでは長い目で見た成長はできないと思います。
しかし、プロセスには厳しい会社、仲間でありたいと思いますし、それが1対1を磨いてく事にも繋がると思います。
2014年6月22日日曜日
ウエダ本社もグローバルに?
京都流議定書まで一ヶ月を切りました。
今年は初めての事も多く、凄い違和感を感じながらも、私自身も初めて?の試みを行なっています。
そもそも昨年の京都流議定書直前に、来年、私はやらないので、皆でやるのか?やらないなら、今年で終わりになるが、それも考えてやって欲しいと言っていました。
そこには二つの大きな意図があり、一つは、京都流議定書という外部からは評価もされるイベントになっているにも関わらず、社員が自分のモノにしていない事が最大の課題であり、それを自分達のモノにしてもらう事と、もう一つは更に大きく、私自身が今年の時点以降はKYOCAに関わらなければならない事も分かっていたので、ウエダ本社自体も自分達の会社だという意識で、自分達で運営してもらわないといけないという想いからでした。
それ故数ヶ月に渡り、ウエダ本社の強みなどについて手を変え品を変え考えてもらう機会を作り、その度に強みとして出てくる京都流議定書を、それなら皆でやらないと、となるのを待ち、その後、それならどんな企画?という事を、私の想いからするとほぼ一年がかりで行なってきたのです。
その間、今年は会場もKYOCAで開催する事となり、これ以上遅れると色々ご迷惑もおかけするので、最終キャスティングなどは決めましたが、ギリギリまで皆に考えてもらいました。
新しいメンバーも多く、経験した事ないメンバーも多い中、場所も出来たばかりのKYOCAでどの様になるのか?今の調子で良いのか?違和感だらけですが、会社運営も含めて、皆で考える、自分達が自分達の事としてやる、それを経験し、掴んでもらわないといけないのです。
組織運営も一球一球サインで動く野球型ではなく、瞬時に皆が判断して動くサッカー型でないとやっていけないと言われる様になって久しいですが、それが生命線になってくると思います。
今、ワールドカップが行われており、日本は決勝リーグに残るのがかなり厳しい状況にありますが、今や世界で活躍している選手がたくさん並んだ全日本でも、自分が決めてやる!という力強さの差が大きく出ているのではないかと感じます。
またまた持論の展開になりますが、グローバルに通用するって、英語教育ではありませんし、ディベートができるというだけもありません。
グローバルで重要なことは、どんな状況でも、自分達が経験したり習ったりした事が無い状況でも
その中でどの様に対処するか、どの様な事を生み出し、成果を上げていくのか?という事だと思います。
簡単に言えば自立していける事だと思います。
ウエダ本社の皆には、ここで自分達が経験した事のないグローバルな世界を経験してもらいたいですし、そう言う私自身もKYOCAで全く知らない世界でグローバルに向かっていきたいと思います。
2014年6月15日日曜日
ないものはない!から逆流する価値
今週始めは、島根県隠岐諸島の海士町、隠岐の島町に行っていました。
それには二つの理由があります。
一つは、以前から山崎亮さん始め色々な方が入り込まれ、離島で唯一人口が増えている、しかも若い人が増えているという注目の島に行ってみたかった事と、もう一つは、尊敬する大久保寛司さんからお誘いを受け、奇跡的にも調整がついたので、行くしかないでしょう?との事からでした。
という状況で内容も知らぬまま参加すると、それは何と、高野登さんが、海士町、隠岐から招待され、二日間みっちり、町民、高校生、隠岐汽船及び商工会などへの講演会が組まれているところに、大久保さんからお声がけ頂いた7名も同行するというものでした。
全国の大久保さんや高野さんのファン、師事している人からすると、当たり前だ!と妬みに近い突っ込みを受けるでしょうが、こんな贅沢な旅はないというくらい濃密なものでした。
高野さん、大久保さんがWで行われる講演自体、滅多に見れないものを、違う層に向けて、違う内容、違う伝え方で行われる三部作を見せて頂けるのですから、当たり前ではありますが。
加えて一緒に参加されていた方々が、凄い方ばかりなので、これも贅沢感を増幅させるものでした。
沢山あり過ぎて、とても書ききれないですが、印象に残ったフレーズをいくつか上げると、高野さんの、
何故売れないか?それは買う理由がないから、
何故行かないか?行く理由がないから。
というお話と、モチベーションは上げるものではなく、心の底に掘り下げるものであり、自分と向き合って何ができるかを考える事がモチベーションであるというお話、
大久保さんの、心は表情や言葉や見える事で伝わるもので、どう思われるかが全て。
あるべき姿を語るのではなく、あるべき姿を実現する事が大事、というお話は、自分自身の大きな課題としても刺さりました。
いくら語っても、どう伝えられるか?が重要であり、あるべき姿の実現に向けては、心に届かせないといけないという事も、大久保さんの講演で、目の当たりにした感じです。
言葉の響き、トーン、テンポ、そんな事を整えていくと、伝わり方が全然違っていく様に、個人も組織も、雰囲気を整えていく事が重要なのだと感じました。
あとは、海士町にしても、先日訪れた智頭町も、熱く強い想いを持ったリーダーと実際の現場リーダーが揃うと、どんな課題があっても動き出すのだという事も見せつけられた気がします。
「ないものはない」フェリーで入った海士町のゲートにたくさん貼られたポスターは、町長の強いメッセージを表しています。
無いもの、足らないもの、を嘆いていても何もならないし、その姿勢はどこか依存している気持ちがありますが、ないものはない!とすると、有るものを探すしかなくなり、自分で何とかしないとという自立に向かうのです。
求める人、しかも自分の条件のみを考える人では、力を結集していけません。
要は条件に群がり、スキルで勝負する人ばかりになるので、それは結局、大手や資金力のある力の勝負になるのです。
ないものはない、と有るものを見つけ、高野さんも仰る、コップ半分の水で、文句を言っているのではなく、半分有る事に感謝できる人を集め、繋がっていった時、計算できなかった価値が生まれていくのだと思います。
古ビルの再生、町おこし、社会的ハンディキャップを持った人達に優しい社会の実現など、実は全部同じで、ないものはない!と多くの人が、腹決めする事から始まるのではないでしょうか?
2014年6月7日土曜日
今後の本業
今週も殆どKYOCAにかかり切りの一週間でした。
7月20日にオープンという事で当たり前ですが、私としては今後、この古ビルを活用していくこと、そしてその町、地域を元気にしていくことに重点を置いていきたいと考えていますので、これが本業なのです。
今まで、どれだけ、何をやっているのか分からない?とか、本業を放ったらかしにして、とか色々と言われて来ましたが、これからは、私自身の動きは本業そのものですから、説明するのも楽になりそうです(笑)
今週は、雑誌やテレビの取材があったり、スピーチさせて頂く機会があったりで、今行なっている事を自分で整理することができました。
改めて振り返ってみると、今まで行ってきたこと、経験してきたことが、全部繋がっていることや、私自身が考えていることって、色々違うことを行っている様に見えて、同じ価値観の線上に並んでいることに気づきます。
昨日、KYOCAのオープンより先行してマイファームさんが一階に八百屋をオープンされました。
昨日、今日と売り場に居ると、まだそんなに宣伝していないのに、切れ目なく近所のお年寄りなども興味深く買って行かれる姿が有り、食材(農産物)の持つ魅力を感じました。
生き物としての生命維持に関わるものであり、良い食材を選ぶ楽しさや、美味しいものに出会った時の嬉しさなど、人間に根源的に関わり、喜んでもらったり、役に立てるのですから、食に関わる仕事って本当にやり甲斐があると思います。
振り返った時、20代の頃はやっぱり、お金や成り上がり的な成功に憧れていましたが、いつからか、それができるだけ大きな貢献をしたいと思う様になっていました。
企業の貢献は規模を拡大して、できるだけ大きな雇用を生み、できるだけ多くの税金を納めることだという意見も多いでしょうし、間違いではないでしょう。
しかしそれを自社の利益、規模拡大を追求する為に、及ぼすマイナス影響を相殺すると、地球(宇宙)全体では、どうなのか分かりません。
売上、規模も貢献の一つですが、そればかりではなく、生命に関わる食というもので、多くの人々の役に立ち、喜んでもらうというのは、素晴らしい貢献だと思います。
これから1階にも色々な店が出来てきます。
2階、3階では、イベント、ワークショップ、セミナーなどを通して、食、食材の情報、学び、体験
があるビルとなっていきます。
そんな光景を見ていくと、又、ふつふつと、やりたい事が湧き上がってきそうです。
古ビル活用が本業に向かっていった頃、又、新たな展開に向かって行っていて、訳わからんことやってますね?と、いつまで経っても同じ様に言われているのかも知れませんね。
2014年6月1日日曜日
頑固で柔軟に
人の意見をどこまで聞くのか?自分の意思を押し通すのか?
この判断は非常に難しい問題です。
私自身、非常に頑固と言われる場合と、人の意見を柔軟に聞き入れますねと、全く反対の事を言われる場合とがありますが、この頑固と柔軟は、全く違う論点で、自分の中ではハッキリしています。
受け入れる、柔軟、という事に関しては、特に若手で想いを持って活動しているイノベーター達は、単純に尊敬するし、刺激も含めて勉強させてもらえる事が多々あると思っており、そういう事が、既存価値のオジサン方からは柔軟に受け入れる様に映るのでしょう。
一方、頑固と言われるのは、自分が責任を負わないといけない事ほど、簡単には人の意見を聞かないところですが、アドバイスは聞きますし、良い事は取り入れるのですが、無責任に、ああしろ、こうしろ的に言われることに対しては、責任を負う自分が判断しないと、ひどい目にあうという経験則から、他の人よりも頑固に聞かないと思います。
その人の置かれている状況や、考えなども知りもせず、自分の尺度で、簡単に、ああすべき、こうすべきと言うのですから、それが責任ある発言なわけがありません。
自分が責任を負わないといけなければ、アドバイスはできたとしても軽々しく言える筈などありませんし、それが言える人は修羅場を経験した事が無いのだと思います。
修羅場というのは、机上論では考えられない事が起こります。
例えは不適切ですが、大惨事の際に、賢い人達が考え抜いた想定は役に立たなかった様に、その状況にならなければ、その立場に立ってみなければ分からないのです。
かつては日本の誇りとされたS社が苦しんでおり、その元凶には、私も何度もご一緒させて頂いている経営者が上げられますが、そういう批判も私は嫌いです。
でも残念ながら、世の中がワイドショー化し、無責任に、人の事を責任も負えないのに、ああすべき、こうすべきと軽々しく言う傾向があり、この点が諸悪の根源とさえ思っているので、頑固と言われるのも当然だと思います。
又、ああしろ、こうしろと、上から言っていくスタイルでは、これからの世の中は変えられませんし、中央(政府)から、決めつけて分配していくやり方では、もはや日本は持たないのは明白です。
そうではなく、土壌を耕すこと、組織や企業で言えば人を育てることですが、その場合、スキルではなく人間として、生き物として育てることが重要で、土壌を耕しながら、芽が出てきたら育っていく場を作り、あとは、自然の力、それぞれの生き物の力に任せていく、そんなことでないとこの国は変わっていけないと思っています。
そんな考えに基づいて、これからも無責任な"べき論"には頑固に、分からない潮流には柔軟に対応していきたいと思います。
この判断は非常に難しい問題です。
私自身、非常に頑固と言われる場合と、人の意見を柔軟に聞き入れますねと、全く反対の事を言われる場合とがありますが、この頑固と柔軟は、全く違う論点で、自分の中ではハッキリしています。
受け入れる、柔軟、という事に関しては、特に若手で想いを持って活動しているイノベーター達は、単純に尊敬するし、刺激も含めて勉強させてもらえる事が多々あると思っており、そういう事が、既存価値のオジサン方からは柔軟に受け入れる様に映るのでしょう。
一方、頑固と言われるのは、自分が責任を負わないといけない事ほど、簡単には人の意見を聞かないところですが、アドバイスは聞きますし、良い事は取り入れるのですが、無責任に、ああしろ、こうしろ的に言われることに対しては、責任を負う自分が判断しないと、ひどい目にあうという経験則から、他の人よりも頑固に聞かないと思います。
その人の置かれている状況や、考えなども知りもせず、自分の尺度で、簡単に、ああすべき、こうすべきと言うのですから、それが責任ある発言なわけがありません。
自分が責任を負わないといけなければ、アドバイスはできたとしても軽々しく言える筈などありませんし、それが言える人は修羅場を経験した事が無いのだと思います。
修羅場というのは、机上論では考えられない事が起こります。
例えは不適切ですが、大惨事の際に、賢い人達が考え抜いた想定は役に立たなかった様に、その状況にならなければ、その立場に立ってみなければ分からないのです。
かつては日本の誇りとされたS社が苦しんでおり、その元凶には、私も何度もご一緒させて頂いている経営者が上げられますが、そういう批判も私は嫌いです。
何故なら、その立場を経験しないと分からない事だらけであり、20万人ものTOPになってみないと、どんな風景なのか、内部に居てもましてや外部からでは想像もできない状況があるのです。
でも残念ながら、世の中がワイドショー化し、無責任に、人の事を責任も負えないのに、ああすべき、こうすべきと軽々しく言う傾向があり、この点が諸悪の根源とさえ思っているので、頑固と言われるのも当然だと思います。
又、ああしろ、こうしろと、上から言っていくスタイルでは、これからの世の中は変えられませんし、中央(政府)から、決めつけて分配していくやり方では、もはや日本は持たないのは明白です。
そうではなく、土壌を耕すこと、組織や企業で言えば人を育てることですが、その場合、スキルではなく人間として、生き物として育てることが重要で、土壌を耕しながら、芽が出てきたら育っていく場を作り、あとは、自然の力、それぞれの生き物の力に任せていく、そんなことでないとこの国は変わっていけないと思っています。
と言うと、私もこうすべき!と言っている様に聞こえるかもしれませんが、ハッキリと違うのは、自分の会社など、自分が責任負う所に対しては頑固に、自分が責任負えない所では、その会社、その人、それぞれの立場を尊重していくべき!だと考えているのです。
多様性を認め、それぞれが尊重される社会にならないと、東京一極集中からも脱出していけません。
そんな考えに基づいて、これからも無責任な"べき論"には頑固に、分からない潮流には柔軟に対応していきたいと思います。
2014年5月24日土曜日
貴方(貴女)の資産は何ですか?
今、鳥取からの帰りです。
窓からは緑豊かな山々と、綺麗な川、田んぼが見えます。
昨日の勉強会は、鳥取県智頭町。
と言っても殆どの方は知らないと思います。
勿論私も知りませんでしたし、参加されている鳥取県の社長さん達も初めて来たと仰っているのですから、当然だと思います。
しかしその智頭町、森林が93%を占め、林業で栄えた町は典型的に疲弊していたのですが、今の寺谷町長が、その森林や原風景を資産と捉え、今では年間五万人もの観光客が訪れる町に変貌させたという、凄い町でした。
又、寺谷町長は観光庁から、「日本の原風景に磨きをかけ、過疎地を観光地に変えたカリスマ」と、観光カリスマとして認定されているのです。
人口9000人程の町だからできたというレベルではない、発想力、行動力、そして住民を巻き込んでいく力を、約一時間程のお話の中でも強く感じる事ができました。
そして驚くのは、それだけ強烈なリーダーシップをお持ちでありながら、傾聴力なのか、好奇心なのか?皆さんの話を聞きたがられるのです。
このバランス感覚は大変勉強になったと共に、今、KYOCAとその地域開発の課題に関わる私は、大変勇気付けられました。
京都の様な、恵まれすぎた中で、なんだかんだとマイナスな事ばかり聞いたり、考えたりする事が馬鹿馬鹿しく思えました。
KYOCAの場合、自分のお金で自分の責任でやっているのではなく、信用して京果さんがお金を出して頂いているので、その責任と、お金儲けという観点だけで考える人から色々な話が入るであろう中、長期的な価値創造をどの様に理解して頂ける様にできるのか?で悩むのですが、智頭町長の展開を目の当たりにし、大変スッキリしたのです。
しかし、いつもタイミングというか、色々やっていると、全く関係なく行なっている事が見事に繋がるもので、何か、計算できない力を感じます。
今日は、観光には参加せず、ホテルで内省の時間持ち、何も無い?鳥取駅周辺をうろついていました。
最近は、何も無かったり、寂しかったりする町並みを、見たり、感じたり、そんな光景と感覚をインプットしておくのも、大事な仕事です。
何も無いという事は、ある尺度から見ただけであって、反対から見たり、何かを付け加えると、大変な価値を持ったりするものです。
会社でも自分の仕事でも、個人の能力でも、それぞれ、違う角度から棚卸しをすべきですね。
うちの会社でも、皆に改めて問いたいですね。
ウエダ本社の強み、どこにも負けないものは無いのでしょうか?
皆は、他の人と同じですか?
皆の資産は何でしょう?
2014年5月17日土曜日
繋いでいく"縁"
今週も怒涛の様な一週間でしたが、KYOCAの営業、大学での授業、遠方からの来客などバラエティーに富んだ出会いがありました。
そんな中、以前から話は聞いていた日新堂印刷の阿部社長を、鎌倉投信の新井さんがお連れ頂くのですから、なんと贅沢な事でしょう!というご縁を頂きました。
日新堂印刷 http://www.nissindou.co.jp/さんは、アフリカザンビアを中心にバナナの茎から作る名刺を中心に展開されているのですが、想い、必要性を追いかけていって、しっかりビジネスで発展していっておられる、これぞソーシャルビジネスという会社さんです。
又、いい会社を増やしましょうを社是とする鎌倉投信の新井さんは、良い会社を増やす為に、投機ではない、良い想いのお金を集めて投資をされている、言わば良い想いという資産のファンドマネージャーです。
そう考えると、人を繋ぐという事も、良い想いのファンドマネージャーの仕事なのかも知れません。
今週もマガジンハウスのWEBマガジンcoLocal http://colocal.jp/topics/think-japan/tsukuru/20140513_32759.html で記事を載せて頂いていますが、正に人が繋がる場と、それを繋げる人、そして素晴らしい想いのプレーヤーが集まるとインパクト持つようになるのです。
新井さんとも実は二度程しかお会いしてませんし、じっくり仕事の話などお話した事はありません。
でも色々な繋がりから信頼をしていて、そしてその方から紹介される阿部さんの事も、別の信頼している方々から聞いているという事であれば、最初から素で会える関係となり、これってお金では作れない、実は大変な資産(価値)なのだと思います。
普段、社内であれ、プロジェクトであれ、この価値や感覚をすり合わせる為にどれだけの時間と労力をかけているか?そしてそれが、効果を生んでいるのか?を考えるとよく分かります。
そして、これら繋がりのどこかで違う選択をしていたり、違う人と出逢っていたら、全く違う人生、状況になっているという事を考えると、人との関わりが如何に大事かが分かります。
私自身、群れを成して特定の人と深い付き合いをするのが少ない割に、幅広い付き合いがあって、人付き合いが好きなのか、嫌いなのか分からないと不思議がられるのですが、"人"そのものに興味があるのと、出会いや縁での"ゆらぎ"を楽しんでいるのだと思います。
今週、大変縁のある人が亡くなりました。
経済同友会で一緒の同級生の奥様ですが、サラリーマン時代からの同期で、継ぐ前提でなく京都には繋がりがなかった私にとって、先に京都の家業を引き継いでいた彼は、当時は唯一と言ってもよい京都での友人経営者であり、その奥様も前職から一緒の、よく知った人でした。
縁があるという事は、今の自分の何か、何処かを形成していると思います。
そんな縁のある方が亡くなるのは、自分を形成している細胞の一部が亡くなる様な気がします。
ご冥福をお祈りすると共に、縁が繋がって来た私自身が、また良い想いで、良い繋がりを作っていく事が、今までに繋がって来て頂いた人に報いる事にもなると思いますので、良いご縁を広げていきたいと思います。
2014年5月10日土曜日
嬉しかったことは何ですか?
今日一日で嬉しかった事は何ですか?
この問いかけに、今日は何も無かったという人も多いとの事です。
では、本当に嬉しかった事は無かった一日だったのでしょうか?
嬉しく思えなかった一日だったのではないでしょうか?
先日の鬼澤さんの講演では、こういう投げかけからスタートしました。
幸福感というのは人それぞれ違って、そう思うかどうか。
欲と煩悩に生きると、とめどないですが、無くなりはしないので、どの様に付き合っていくかがポイントで、これがどちらの世界(物質的に利己で生きるか?精神的に役割や、使命で生きるか?)に行くかの岐路なんでしょうね。
リーダーがやるべき事は、①どこへ行くか?何の為にするか?を明確にすること。
そして、②現状把握し、③そのギャップを埋める為の手段や方法を考え、選択していく、シンプルにはこれだけだというお話ですが、その通りだと思います。
先々週、このブログで「三方良しは全てに繋がる」と書いていましたが、全く同じ発想で、いつも社員に向けては、②の現状からではなく、自分の人生であれば、①で理想の姿から考えること、そして、ウエダ本社に居ると決めてそこで働いていくなら、①会社の理念、価値観を一早く、深く吸収することが重要で、常に上(①)から考えること、と話しています。
しかし、これがなかなかできなくて、②からの発想から抜けきれないのです。
やりたい事は何なのか、組織に居てやると決めたのならその組織の目的は何なのか?から考えて、
現状はどうか?又、組織の目的を①とした場合は、②に自分のやりたいことが来て、③そのギャップを埋めていくことを考えていけば、どんな組織に居ても、必ず結果は出て評価されると思うのですが、①を考えずに、①とは関係なく、組織に居ながら②の自分のやりたい事や、②自分のスタイルを変えず、ただただ真面目にやるだけだから、成果に繋がっていかないのです。
短期的には売れたり、うまくいくことはあっても、長期的にうまくいく筈がないということは当然ですよね。
目的地を考えずにドライブして、快適にスイスイ飛ばして運転できたところで、或いはいくら一所懸命コツコツと走って行っても、ゴールの反対側に進んでいては、結果はビリになったりするのです。
うちの会社では、この問いかけ、投げかけを年中行っていると言っても過言ではありません。
そして、鬼澤さんも、講演(研修)では教えないというスタイルで、モヤモヤして帰ってもらうと仰っていましたが、うちの会社でも多大な時間をかけて、手を替え品を替え皆に考えてもらっています。
こちらが一番、モヤモヤするというよりモンモンとしますが、それでも、自らが分からないと、結局は意味を成さないので、延々、馬鹿見たいに行なっています。
と言いながら自分自身も、会社のこと、プロジェクト、自分の人生などなど、この①〜③で照らし合わせると、それぞれ、どこが疎かになっているかが見えてきますね。
今日は、基本のことしか話しません。
だから何度も聞いた人も居るでしょう。
でも、何度聞いても忘れてしまっているし、分かっていたとしてもできていなければ意味がない。
冒頭にそう話しておられたのですが、正に基本の徹底で、分かる→できる、にしないといけないのですよね。
社員に言っていることが、自分にも戻って来ている感じですね。
あ、やっぱり最後は指を自分に向ける、ですか。。
2014年5月4日日曜日
喜寿を迎えて、ハイアットリージェンシーさんに学ぶ
5月1日はウエダ本社の76回目の創業記念日でした。
と言っても、何もなく過ごしていました。
以前は決算期が4月末で5月から新年度であったので、5月1日の意識も強かったのですが、現在は期の途中でもある事や、76回目ともなると、やり過ごしていたという感じでした。
ところが毎年、凄いケーキを頂くハイアットリージェンシーさんから、今年もしっかり覚えて頂いていて、お届け頂いていました。
今でこそ、ある筋では認知される様になった京都流議定書も、元はと言えば70周年の際、ハイアットさんに企画を持ち込んだ事から始まったのですが、最初の年は、創業記念日の5月1日〜3日まで行なっていた為に、うちの会社の創業記念日をずっと覚えていて頂いているのです。
しかし、その京都流議定書も今年はこちらの都合でKYOCA Food laboratory で開催する事にしたので、それを機にサービスを止めても、当然であったかと思うのですが、それをそのまま継続して頂いた事で逆にインパクトがあり、改めて流石だなあと感じました。
うまくいっている時、或いは買ってもらった時はちゃんとするが、うまくいかなくなったり、他で買われたりすると手を抜いてしまうのが普通だと思いますが、それって考えてみれば、お金やメリットを考えただけの付き合いだと言っている様なもので、パートナーという姿勢ではありません。
普段、個人的には、立場の上下の違いで態度が違う人とは付き合いたくもないと思っていますが、ウエダ本社として、全くできていないなあと、ハイアットさんの企業姿勢から学ばせて頂きました。
勿論、ビジネスですから、全てに同じ様にはできないですし、人の付き合いも、上下関係無しにフラットが良いとは思いません。
ただ結果や、自分の目的の為だけに行動するっていうのは虚しいですし、何に対しても起源や文脈というものをもっと大切にしていかなければならないと思います。
今週から77周年目という喜寿を迎えた年に入りましたが、70周年から生まれた京都流議定書の起源を大事にし、そこから生まれた人の繋がりや価値を今度はKYOCAに持ち込み、末広がりの80周年には、盛大にお祝いできる様、企業姿勢を高めていきたいと思います。
2014年4月27日日曜日
三方良しは、全ての規範
今週は京都府立大学での授業の他、KYOCAに関わってもらう事になる学生、NPO、地域コーディネーターなど、若い人達と話をする機会の多い一週間でした。
授業は別として、私の周りに集まってくる若者というのは、自らの意思でやりたい事に向かっていたり、問題意識を持っているので、皆キラキラとしていて、話していても気持ちよくなります。
一方で、うちの会社も含めてキラキラとして働いていける社会人はなかなか居ない様に思います。
では、学生が素晴らしく、社会人は駄目なのでしょうか?
昨年参加したリリースでの私の学生への問いかけは、キラキラしていた皆さんの先輩はどの様になっていますか?
キラキラしていないとすれば何が課題で、どんな会社、組織であれば、そのモチベーションを生かしていけると思いますか? (どの様な会社を増やしていけば良いと思いますか?)というものでしたが、学生が素晴らしく、社会人が駄目なのではなく、素晴らしかった学生も社会人で曇ってしまう人が圧倒的に多い様に思います。
学生と社会人の圧倒的な差、それは、結果に対しての責任であり、数字というお金が絡んでいる事です。
その為に、制約条件が沢山出てくる中で曇っていくのでしょうが、これには両サイドの問題があります。
片側は会社(組織)側の問題で、型にはめようとしたり、固定概念でその芽を潰してしまうケースともう一方は、学生側(若者側)で、今まで、好きにやっていた事が、数字という成果を出すためには、理不尽な事も含めて沢山の制約条件の中でやっていかなくてはならず、好き勝手やれない事が不満になったり、注意、指摘に対して弱かったりするのです。
三方良しは近江商人の経営哲学で、その事業などの在り方を説いたものですが、理念的な事は勿論、仕事や、何をするにおいても、長期的な成果を出すためには、これが基本ではないかと思います。
営業上では、お客さん、仕入先、自社という三方が良くないと駄目ですが、組織で働く人がその組織内でパフォーマンスを上げる為には、その組織の方向性と、それを向ける相手先、そして自分のやりたい事の最大公約数を出す事ですし、相手先の代わりに、そこに制約条件が入る場合もあるでしょう。
その様にどんな事でも三つの要素の最大化を図る事が仕事であり、事業なのだと思いますが、これは、言うは易しです。
自分と相手が良ければという、二方は簡単ですが、三方は難しい。
学生時代や、数字が絡まない活動ではイキイキしてられるのも、この二方だけで良いからだと思います。
私もいい歳になって、社長業も20年、創業から、上場スキームから、倒産危機など、色んな経験をしてくると、最近は、人の見方について、やっぱり思っていた通りだったというケースが多いです。
皆からは評価されているけど絶対におかしい、スキル、能力は高いけどねえ〜?とか、思っていると、やっぱり違ったでしょ?となるのですが、多くの人がそれに気づかないのが不思議ですが、良い時や平常時は、誰でも綺麗事は言えるし、良い人でいられるのです。
要は、二方良しでもやっていけるのです。
ところが常から三方を考えている人でないと、悪くなった時の対処ができず、多くの場合逃げてしまうのです。
授業などでは必ず話しますし、若い人達に常に言っているのは、そう考えると、嫌な事をする事、怒られる事、耳障りの悪い事を指摘される事、ハードワークというのは、マイナスな事なのでしょうか?
全く逆で、若い内ほどそんな経験をする事が何にも変えられない貴重な資産になるのです。
そう考えてみると、大変有能な若手が多い反面、残念な人も多いですね。
授業など、一見、本業に関わりのない事を受けたりするのも、一人でも考え方を変えて、素晴らしい能力を発揮してくれると、社会や働き方や、それを通して教育の在り方も変わっていくと思いますし、働く環境の総合商社と名乗っているウエダ本社としての、三方良しの実現に向かうのです。
2014年4月20日日曜日
稲盛さん、堀場さん、昭恵夫人〜美しい国へ
今週は、私にとっては一回限りとなる、盛和塾代表世話人会があったり、歴代首相夫人で初めて、昭恵夫人が首相公邸で催された会に出席させて頂いたり、とても印象に残る一週間でした。
盛和塾の代表世話人会は、海外含む全国から代表世話人が集まり、各塾の運営を報告、共有し、
それぞれ今後に生かしていくものです。
いくつも具体的に参考になる事が有り、参考になる話も沢山ありました。
稲盛塾長は、京セラは55周年を迎えるが、55年間一度も赤字になった事なく、経常利益率を10%を切った事もないが、馬鹿みたいにクソ真面目にやってきたから、今の京セラがあると仰っていました。
今や売上1兆6000億、社員数7万人、6500億の現金を保有し、勿論無借金、それがただただクソ真面目にやってきたからだというのは、 お酒も飲めない、特段仕事以外に趣味も持たず、自分でもそれが欠点だと思っている私にとっては、拠り所とできる心強いお話です。
しかし一方、お目にかかる機会や距離感からいけば、圧倒的に近い堀場最高顧問が作られた社是は、"おもしろおかしく"、で、私は、これも人間としての生き方、働き方の理想だと思っています。
と言うと、稲盛塾長を崇拝する多くの塾生からは、エッ、と感じられると思います。
それは"クソ真面目に"を唱えておられる稲盛さんは、経営において、"おもしろおかしく"なんてあり得ないと、しょっ中お話されますし、具体的に堀場さんの名前を上げて、もっと発展できたのに、と仰った事もあるからです。
ただ、それを聞いた方が間違えて欲しくないのは、堀場さんは、人として、生きていく意味、使命において、折角頂いた生命を、無意味に時間を過ごし、役にも立たない様な生き方をするな、と仰っているのであり、"おもしろおかしく"、つまり、フロー状態で仕事ができる、生きていける事が素晴らしいと仰っているのであって、何も冗談半分、辛い事を避けて、楽しい事を優先すれば良いという様な生き方を仰っているのではないのです。
又、稲盛さんは、そんな事も分かった上で、そんな能力を持った堀場さんがもっと"クソ真面目"にやっておられたら、自分よりも会社を大きくされたかもしれないのに、と、クソ真面目に評価されておられるからこその発言だと私は思います。
その証拠でもないのですが、この稲盛さんの発言は堀場さんの耳にも入っており、"なんでアイツはそういう事を言うんやろうな、別に、仲イイんやで"、と、ある時仰っていました。
深い話、又、我々には分からない高いレベルの話なので、少なくとも、それを聞いたり知ったりしている盛和塾生には、その言葉上だけの話で理解してほしくないのです。
実際、面と向かって堀場さんのその発言を聞いた私は、稲盛さんの事を、アイツと言われている事が新鮮で、こういうお二人の関係も憧れるものでした。
堀場さんは、地球を救え、とか、地球に優しく、 というフレーズが大嫌いで、それを誰かが言うとスイッチが入るのですが、それほど、人間の不遜さを表す言い方は無いと仰います。
それらは、人間から見た話であって、地球にとっては人間なんてちっぽけなもので、その人間が地球の中で、汚そうと何をしようと、結果的に人間が苦しみ、ひょっとすれば破滅の道に行くかもしれないだけであって、地球からすれば関係ないのだと。
そんな桁違いの発想ですので、自分の会社だけの発展を考えるのではなく、精一杯生きる事、使命を果たす事を我々にも口酸っぱく仰られており、稲盛さんとは全然違う様に聞こえて、真髄は同じなのです。
"美しい国、日本"、"日本を取り戻す"、
ん〜、地球から見たらどう思われるのでしょう?
そこまで行かなくても、世界から見てどうなのでしょう?
家庭内野党と仰ってますが、首相のリーダーシップと、昭恵夫人が見ておられる世界が融合したら、日本も世界から見て、美しい方向に向かうかも知れません。
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