2013年1月26日土曜日

デフレ脱却は難しいでしょうか?

日銀が2%の物価目標を決めましたが、なかなか難しい数字の様です。

しかし、デフレ脱却が大きなテーマですが、抜本的に企業の考え方、価値観を変えていく事ができれば、まだまだ幾らでもやれる事はあると思いますし、それを援護する、少なくとも邪魔をしない施策であって欲しいと思います。

殆どの企業が、お客様スタンスを掲げ、安さ追求を行っていますが、お客様側は、その安さを実現する為に行なわれている事や、原材料の実態などを知った上でも、値段だけを求めているとは思えません。

という事は、安さ追求は、そういう事を知らしめずに、値段で勝負し、市場を席巻し、シェアを拡大するという、企業の為である様に思います。

私も経営者の端くれですから、そういう事が全くないのか?と言えば、0とは言えませんし、企業も生きていかないと、雇用を含めた役割を実現できないのですから、全てが悪だと言っているのではありません。

ただ、必要以上に、望まれている以上の安さ競争、それを実現する為に値段だけでの調達などを行なっていれば、当たり前でデフレスパイラルが起こり、しかもその自分達の争いの理由を、消費者の為、お客様の為と言っている様な人は、幾ら凄い業績をあげていよう
と、凄く優秀であろうと、影響を考えても、賞賛すべきではないと思います。

安さを志向していけば、当たり前ですが、量を売らなければ成り立ちません。

一社がそれを実現していれば、他は負けていくわけで、そこで働く人々の生活は脅かさ
、その厳しい状況になった人々が消費者に回れば又、安い方が良いという循環になるのです。

しかも、勝者となる一社が勝つために行なっている安さの背景には、途上国の人々を酷
使した様な事や、紛争に繋がる原因となっていたり、効率的に大量生産する為に、危険な
薬や化学物質を使っていたりする事もあるのです。

その様な状況、スパイラルは一体誰の為になっているのでしょう?

そんな事をトータルで考えても、多くの人が、値段だけの安さを求めているでしょうか?

私は少なくとも今の日本ではそうではないと思います。

フェアトレードとまでいかないまでも、皆がその値段の背景についての情報も得られ、ト
ータルで選ぶ状況になれば、少なくともそういう選択肢を持てるだけで、賢い消費者は違
う行動をすると思いますし、それで選ばれた企業は、調達するにおいても、仕入先を泣か
しまくって調達する事も無くなり、何よりも、その様な付加価値を認められる世界では、
間違いなく日本の企業は得意で、それこそ勝負していけるところだと思うのです。

しかも、そこの勝負というのは、規模の大小、同じ方向性での優劣ではなく、それぞれが
自分の特長を生かす、個性を発揮する勝負なのです。

その様に日本の企業が向かっていく事が、目先のデフレ脱却だけでなく、今後の日本を夢
のある方向に転じられる唯一の方法だと思うのです。
至ってシンプルな話だと思うのですが、何故、賢い政治家、官僚、学者の先生などが気づ
いてくれないのでしょうか?











2013年1月20日日曜日

経営実践塾 ドリプラ京都とレイブル

今日は鬼澤さんの経営品質実践塾がうちの会社で行われていました。

場所貸しの特権で、鬼澤さんの今までの経緯、考えを改めて聞く事ができ、私自身にとっては、自分の足らないところとやっているところの検証もでき、大変有難い勉強会でした。

今までに、何度もお話しは聞いていますが、何故あれだけ、全国を飛び回って自ら火を点け、色々なプロジェクトや、自治体、中小企業などの改革に取り組まれているのかの繋がりがよく理解でき、鬼澤さんの想い、構想力、展開力、そして行動力を体系的に捉える事ができたのと共に、改めて感服しました。

内容は、以下のご本人のブログ http://ameblo.jp/onikko-nikki/entry-11452690991.html をご覧下さい。

私も、何故、会社を営むのか?の前に、何故、どの様に生きて行くのか?が有り、その中で、意図せず入る事となったウエダ本社をどの様に、存在価値や使命を持って展開するのか?その為には、何をどの様に進めて行くのか?それも、厳しい状況からスタートしたので、お金やリスクをかけず、一つ一つ作って来ました。

京都流議定書や、そこに至るまでの環境、伝統、教育などへの取り組み、セミナー、研修の展開、南ビルリノベーションや、ダイアログバーを始めとするソーシャルビジネやNPOなどを展開する若者達との関わりなど、今まで、社内外に向けて、何の為に行っているのか?をどれだけ説明したか分かりませんが、鬼澤さんの考え、やって来られた事を聞くと、大変納得しましたし、心強くも感じました。

何故、若者を支援するのか?という点も同じ感覚でしたが、そんな鬼澤さんが以前から取り組まれ、今度京都でも立ち上がる、ドリプラ京都 http://drepla-kyoto.com/   は、変革に向けては起業家を育てていかなくてはならず、人を共感させていけるリーダーを育てなければならない、そんな想いが込められている様ですので、世の中変革まで考えられなくとも、自分から変えたいという方も、3月30日は、是非ドリプラ京都に参加してみて下さい。

そしてもう一つ、2月月10日は、ニートの日でもないのですが、この問題に取り組んでいる素晴らしい若者、NPOが主催するイベントも http://jisedaiwork.jp/ あります。
こちらは京都流議定書としても協力しておりますので、是非、ご参加お待ちしております!

そんな若者に刺激を受けながら、鬼澤さんの一つ下で今年同じ世代に突入してしまう私も、同じく、やって来た事を纏めてみようと思いました。



2013年1月13日日曜日

社員をサーフィンに行かせよう

これはパタゴニア創業者のイヴォン・シュナードさんの本ですが、パタゴニアさんでは、良い波が来れば、サーフィンに行く事が最優先事項だそうです。

というと、如何にも楽な会社、もしくは、甘っちょろい会社と思われるかもしれません。

しかし実際は逆で、ある意味厳しく、仕事への対し方についての本質ではないか?と思います。

サーフィンを最優先にして、業績が悪く、給料も出ないというのであれば、それは会社ではなく、サークルで行なうべきであり、そんな会社であれば、幾らサーフィンを最優先する人でも、文句を言うのではないでしょうか?

サーフィンを最優先にするという事は、良い波はいつ来るか分かないのですから、常に行ける体制で仕事をしておかなければならなず、やるべき事、自分の役割をしっかりと果たしていないと成り立たないのです。

実はこれ、私自身の仕事観とズバリの考え方であり、このベースからウエダ本社の理念や展開も出てきているのですが、あくまでどういう人生を目指すのか?どんなライフスタイルが理想か?の中で、それを骨格となる仕事を考え、対していくものだと思うのです。
だからこそ、日本で言われているワークライフバランスは違うと言うのであり、そんな発
想で制度ばかりを考えるから、どんどん、働くのか、家庭や趣味を生かすのか?どちらか的な話になってしまうのです。

仕事は言われてイヤイヤ行なう、食べる為に仕方なく我慢して行なうものでもなく、時間で計られるものではありません。
それぞれの立場、状況において、自分の責任において行なうものであり、そんな働き方、仕事観が生まれて来ないと、我々が目指す"イキイキと働く"という社会は実現しないのです。

ウエダ本社の理念はそんなところから、出てきているのであり、まだまだそれが社員の方でも理解されていないところが課題である為、年明け第一週目の面談では、この話に終始していました。

もう6、7年前になるでしょうか?うちの会社では、有給休暇を1時間単位で取れる様にし、子育て支援に理解があるとして評価も頂きましたが、実際に使われていたのは子育て支援よりも介護の方でしたし、実は、これの根幹は正に、"社員をサーフィンに行かせよう"の
通り、平日の昼間から堂々と自分の趣味に時間を使うライフスタイル、その中でしっかりと働く会社と、そんな会社がスタンダードを占める社会を創るという事でした。

今年は改めてそれを目指していきたいと思いますが、海の無い、しかも京都の会社ですから、"社員をお寺に行かせよう"とでも掲げていきますか?

2013年1月6日日曜日

京都企業、我々の役割

今年の大企業TOPの年頭所感は、政権交代による経済好転への期待感と、グローバル化しか選択肢がないと、ここでの変革を訴えたものばかりであった様に思います。

京都経済四団体での立石商工会議所会頭も、今年への期待とグローバル化の進展について話されました。

しかし、その後が京都らしいところで、私も全く同感であり、京都流議定書の精神にも繋がる話なのです。

それは、これから最も変化するのは、規模のメリットの低下であり、大量消費の工業社会から持続可能社会への変化であり、それ故、京都の持つ、知恵と多様性が活かせる時代を本格的に迎えるという事でした。

又それ故に、次代に向けた変化対応力を最優先にした企業経営が求められるとの事でした。

物を生み出していかなくてはならないメーカーは、その市場を求めて海外に展開して行かざるを得ないでしょう。

しかし、8割を占める非製造業こそが、今年以降、大転換を図る日本の命運を握っていると言っても過言ではないでしょうし、それを最も実現しやすい環境が揃っているのが京都であり、ナレッジ、ノウハウ、伝統など、数値化できない価値を持つ京都企業がその実例を示していく事が、大きな役割だと思います。

そして東京以外の全ての地域が、それぞれの強みを再認識して、それぞれの地域に根ざした持続可能社会を作っていく事が、日本を再びTOPリーダーにしていくのだと思います。

同じ尺度での優劣を争う競争は繰り返すべきではありませんが、競争の無い社会などは又、成り立ちません。

自然の摂理に従っても、価値のあるものは存在し、価値の無くなったものは淘汰されるのですから、今後の企業や、個人においても、他には無い、存在価値を作る競争をしていく
べきなのです。

そう考えてみても、今年から、より京都企業、そして我々自身の役割は重大だと思います。

大きな役割を担える事を楽しんでいきたいと思います。


2013年1月1日火曜日

対話の土壌形成元年

新年明けましておめでとうございます。

昨年は選挙の年と言われ世界中で首長選挙が行われましたが、最後に日本でも行われ、政権交代がおこりました。

良い、悪いはそれぞれの立場によって違うでしょうが、この二、三年停滞していた閉塞感から、色々動き出していくであろう事は、歓迎したいと思います。

しかし、米国との関係は修復されていくのに対して、中国やアジア諸国との関係はかなり神経質なものとなっていくでしょう。

TPPや原発も推進となり、金融緩和も図られ、目先の経済は良くなっていくでしょうが、日本国内における格差は拡がり、それらの問題への対処は、国から"援助する"という中央集権型のスタイルから抜け出せず、拡大、大量生産型に戻ってしまう可能性も危惧されます。

グローバル化が絶対条件の様に叫ばれていますが、言われているグローバル化というのは、一体誰から見たグローバルなのでしょう?

世界は米国を中心とした西欧諸国のモノなのでしょうか?
そのモノサシでのグローバル化に、今後の日本も乗せられていって良いのでしょうか?

どんな話でも0か1の話ではありませんので、今叫ばれているグローバル化に背を向けろというのではありません。

ただ、地理的にも背景的にもアジアにありながら、敗戦から米国流の発展を遂げて来た日本、東日本大震災から原発問題を抱えながら、少子高齢化に向かっている日本だからこ
そ、世界にアピールしていくべき事があると思うのです。

ここ数年の決められない政治から決別し、決して以前の価値観に戻らず、各自治体、各業界、団体、そして各国民が、自分ができる事、その現状でできる事を考え、行動する事、そんな転換の年にしなくてはならないと思います。

まずは、意見、立場の違う"人" 自体を批判するのではなく、感情と対策をしっかり分けて対話していける土壌形成を行なっていきたいですね。

2012年12月29日土曜日

2012年 お世話になりました。

毎年バタバタとして年末を迎えていますが、今年も更に慌ただしく一年を終えました。

ここ数年、苦しい中、色々な事に取り組んできましたが、今年の後半あたりから、漸くそれらが繋がる様になってきて、バタバタの中身が違って来た様に思います。

社員の方もバラツキはあるものの、それぞれの役割を意識してくれる様になり、目に見えて成長してくれている人もいますし、少なくとも、以前より厳しい状況であっても、不平不満よりも何とかしようとする姿勢に変化してきてくれています。

会社の雰囲気は楽しい朝礼を行なっていた三年程前より、表面上はトーンダウンしてみえますが、これも変革へ向けての、組織としての段階で、上っ面と現実とのギャップを埋めていく為に、一旦落ちて地に足つけて上がって行っている状況だと思います。

ビル全体をリノベーションした南ビル、ウエダ本社として初めての自社ブランドである、北山材の"Waoffice(和オフィス)"のショールームを兼ねてのコワーキングスペースを設置した北ビル、それらが完成した事により、お客様や知人などから相談される内容が明らかに変わって来ています。

今年5回目であった京都流議定書が終わって以降、これも今までとは違うのは、何処へ行っても、"京都流議定書に参加してました"などと言って頂いたり、その存在を知って頂いて
いる方がおられ、継続する事の重要性と、人の縁の力を痛感させられました。

来年はこんな要素を結集させ、又新たなウエダ本社として生まれ変わっていきたいと思います。

皆様、本年も大変お世話になりました。
そして、来年もどうぞ宜しくお願い致します。






2012年12月27日木曜日

社報 廃刊 !

創業者の頃から続けられて来た社報を、この度止める事にしました。

というと大そうな話ですが、ここ最近は、社内向けの社報をそのままブログにもUPしており、ご覧頂いている方もありましたので、お知らせ致します。

私も社報については、社長になって自動的に引き継いでいましたので、かれこれ10年以上書いてきました。

この間、ブログは7年前から書く様になり、一時期はほぼ毎日書いていて現在では1000話を超えております。

1年半程前からはFBも行なう様になり、日々の発信についてはFBで行い、ブログについては週一ペースにして、FBとブログで、想いや活動などを発信しております。

それに加えて、4ヶ月程前からは、予ねてから望んでおりました社内新聞を社員の方で作ってくれる様になり、今後は、それを関係先に送らせて頂く事にもなりますので、この度、社報を廃刊する事にしました。

何でもそうですが、一つ一つは大した事がなくても、続けていくとそれなりの資産になるもので、社長就任当時の社報などを見ると、10年前の様子がビジュアルで浮かびます。

今のブログや社内新聞も、未来の資産となります様、発信を続けて参りますので、ご興味ある方は、
ご笑覧下さいませ。

2012年12月24日月曜日

様々な空気感

今東京からの帰りです。

最近、休みの日にしか東京にも行けていない感じもしますが、関わっている事も多くなって、休みの日に会合やイベントが行なわれる事も多いからだと思います。

休みの日と言っても、私などはそういう時でないとできない事をやるべきであり、という事は、これが優先度の高い仕事でもあります。

と、言いつつも、いつまでもベンチャー精神を持っていたいので、有能で、熱く、大きい想いを持っている若い人達との関わりは、趣味に近い話ですが。。

今回、二つの素晴らしい会に出席しておりましたが、主催している人が素晴らしいと、その想いに共鳴して、集まる人々も素晴らしいので、こういう空間に居ると、日本の未来も明るいと、いつも元気になります。

しかし不思議なことに、何かそれぞれの空気感は違います。

これは、それぞれが醸し出す空気感があるという事で、その"場"が素晴らしいという証明でもあるのですが、少し引いて見てみると、異質な人が居ない"場"となっているとも言えます。

同じ様に日本を良くしていこう、自分の利益のみを追いかけず、効率化よりもサステナビリティーに重きを置く考えである様な人ばかりなのに、何故か違う空気感となり、こういうそれぞれが混じりあうかな?と思うと、ちょっとどうかな?という感じもします。

つくづく私は、色々な所に首を突っ込んでいるもんだと思いますが、それだけに、それぞれの素晴らしい人達が混じり合って欲しいなと思います。

とか、言っているから、色々お誘いも増えるのだと思うのですが。

年末年始は何も予定を入れず、内省の時を過ごしたいと思います。

2012年12月22日土曜日

多様性を認める事と野合は違います

16日の総選挙に始まり、今週も色々な事がありました。

自民党の大勝は、望まれてのものではなく、あくまで消去法でのものだと思います。

第三極という事で新たな政党にも期待がありましたが、それらも理念がなく、手段だけで結びついていたところが残念でした。

民主党がこけた原因は、寄り合い所帯で決められなかった事と,,野党時代には威勢が良かった面も政権を担うと、世界全体で考えなくてはならず、感情論だけでは動かせない現実に直面し、手も足も出なくなっていた所だと思います。

その失敗を突いていこうとする第三極が、また、数合わせのみ、原発の一点のみで結びついたのは、戦略としても失敗だったと思います。

 今週、招待制で行なったダイアログバー京都は、行政、経済界のTOP、ソーシャルビジネス、環境など、色々な”筋”で活躍されたり、注目されている方々が集まって頂き、小規模ですが、他では有り得なかった”場”となりました。

全然反対の意見も出ますし、立場も全く違いますが、こういう場に来ようとする人は、必ず、どこかのベースは合う筈で、その最大公約数を見つけていく事が大事なのです。

この場合は、表面に出ている事よりも、深い所で合う層を見つけていく、もしくは、何の為にという、そもそもの大きい所から発想していく事が必要だと思います。

それは、政権をとる為に、或いは、人気を取る為に結びつくという様な”野合”とは似て非なるものです。

又、同時に、同じ主義主張の人、同質の人ばかりでは、何の解決もできないと思います。

大変素晴らしい想いで、素晴らしい活動なのに、先鋭化していくと、そうではない考えの人を糾弾する残念なケースをよく見受けますが、それは本末転倒な話で、ただ考えが違うというだけで、その”人”自体を責め立てる様な言動、行動をする人では問題解決などできる筈などありません。

原発問題であれ、TPPであれ、ある一面から見た事が正解という事はありません。

意見、イデオロギーが違うからと言って、その”人間”が悪いという事にはなりません。

意見が違うからと言ってその”人間”自体を認める事ができなくて、人間の多様性を認められない人が、環境や地球の為に!というのは、おかしな話に思えてなりません。

深い深い所から考えていかなくてはならないし、その為には、国のリーダーや政治家は、批判や反対を浴びてもやっていける人を選んでいかなくてはなりません、表面上の甘い言葉に釣られるのではなく、深い所を見れる国民になっていかなくてはなりません。

その為にも、違う意見を持った人達が集まり、話していく”場”、他の”人”を認めながら話を積み重ねるダイアログというものを広げていくべきだと思います。

明日は、そんな活動を行なっているミラツクフォーラムが東京であります。

色々な立場の人を巻き込んでいける人達の輪が、広がっていく姿を見てきたいと思います。

2012年12月15日土曜日

”いいちこ”な考え方

先週勉強会でお話をお聞きした三和酒類さん、あの”いいちこ”を製造されている会社です。

経営品質、ブロックスさんのDVD、坂本教授の日本で一番大切にしたい会社など、それらで取り上げられていなくても、まだまだ凄い、素晴らしい会社は日本にはたくさんありますね。

”大きくなることが目的ではなく、継続することが目的”

”継続するには、どうするか?それはおいしいお酒を造ることの一点のみ、そうでなければ会社の存在意義は無い” 

”品格のある会社をどう作るか?社員全員が品格を持たなければならない”

”営業マンは本社の価値観のシャワーを浴びないといけない、だから支店は作らない”
また、この支店を作らないのは、単身赴任という家族にとって負担のある事をしない為とも。

まるで伊那食品の塚越会長のお話を聞いている様ですが、ここもまた、こういう事を言われていながら業績も素晴らしく、売上500億円で経常利益約70億円、しかも、社員数は300名という、とんでもない好業績なのです。

たくさんの成功要因はあるのでしょうが、西会長は、その一つに、広報、宣伝部を持たず、川北秀也さんというデザイナーに全てを任せておられる点も上げられていました。

競合先の想定において、サントリー、キリンや、アルコール飲料メーカーを上げられる西会長に対して、川北さんは、そんなちっぽけな考えでは駄目だと言われたそうです。

三和酒類にとっての真のライバルは、ベンツ、BMW,トヨタという考えをもつべきである。
それは、お酒を飲む為には、車には乗れないわけで、車を乗らずして飲んでもらう様にしなければならないからとの事でした。

これからは、一日24時間の時間の取り合いであり、どの様にして、自分の商品に時間を使ってもらえるか?が勝負だと。

鋭い話ですね。

私は、他業界から来たせいもあるのか、あまり同業者に競合という意識を普段から持っていません。
事務機や家具の販売、または、オフィスの内装工事屋とは思っていないからです。

もっと、基というのか川上というのか、働き方を構成する要素に関わる会社が、我々の考えるべき”相手”だと思いますし、これからの時代、モノではなくて、時間やライフスタイル、生活シーンでの比較をするべきだと思います。

逆に、世の中の課題に向かって、それを変革していこうとする様な場合は、自分の居る位置で見えている事で考え、違う意見の人を批判するのではなく、その基か、川上の所で、一つ深い所では組めるという発想で考えていかないと、何も問題解決はできないと思います。

よく、誠に正しい事を行なったり唱えている人が、先鋭化していくと、他を認めず、他を中傷さえしていく言動や行動をされる姿を見ますが、幾ら正しい事であっても、これでは解決できないと思います。

もっと大きな視野で、深いところからの発想で、見えている表面上での敵や、意見の違いで考えるのではなく、”いいちこ”な世の中を作っていきたいですね。

あ、”いいちこ”というのは、大分の方言で ”いいですね”という事らしいのです。

三和酒類さん、正に、”いいちこ”な企業でした。

2012年12月9日日曜日

全ての問題解決の第一歩

先日、FBでも少しふれましたが、パタゴニア京都店でのオープンの際、パタゴニアという会社の存在意義、スタンスを知り、感銘を受けました。

「環境保全・保護こそがミッションであり、ビジネスはその方法論」売れていてもそれが環境に悪影響を及ぼしているからと販売を中止したり、綿栽培で、枯れ葉剤なども農薬として使われている状況からオーガニックコットンに進出された経緯など、全くそのミッションをお題目ではなく、その通りに実践されているのですから、そんな企業など、世界で一体どの位あるのだろう?と、尊敬と共に驚嘆しました。


私が初めてパタゴニアの名前を知ったのは、20数年前の繊維商社時代でしたが、それも、その当時には世の中に普及していなかったフリースという素材を、世界で初めて、消費者から回収したペットボトルで生産していたのでした。


しかしその繊維商社出身の私も、恥ずかしながら先日まで、綿栽培でそれだけ強烈な農薬を使用していたという事は全く知りませんでした。


私が勤めていたのは、繊維商社では最大手でしたし、私も綿素材を使っていましたが、そんな事は一切知りませんでした。


今では日本も環境意識は高まり、その頃の状況とは違うと思いますが、それでも日本の商社やメーカーでは、世界で起こっている他の問題も含めて、知らないか、あえて知ろうとせず、調達していると思います。


極端な安さ追求の先には、発展途上国、貧国に、無用な貨幣経済を押し付けたり、不法労働や紛争に繋がっていたり、誰かの負担の上に成り立っているのです。


その反対側のフェアトレードやソーシャルビジネスも広がりを見せており、それ自体は素晴らしい事なのですが、こちら側では、言われた価格で買ってもらえるのを良い事に、原価積み上げで甘い仕入れやプランになっているケースも多いと思います。


これはこれで、買う人に必要以上の不利益を与えてしまう事にもなっていたり、やはりビジネスとしてしっかり自立できない為に、存続できなくなり、結果的には、その活動を当てにしている人々に迷惑を掛ける事になってしまうのです。


だからこそこのパタゴニアさんのミッションは素晴らしく、しかもそれでいてTOPブランドを作り上げられている"本物の素晴らしい企業"を賞賛していかなくてはならないと思うのです。


一部上場の超優良企業でも、その仕入れスタンスを見ると、いくら素晴らしい理念を掲げていても、結局は自社の利益しか考えていないじゃないか!と思う企業も多いですが、それだけに良い会社を増やしていく事無しに、環境、貧困など、世の中の課題解決はできないと思うのです。


いくら世界で競争に勝って、凄い業績を残していても、必要以上に人々や環境を犠牲にしている企業と、本物の企業をうまく見分けていきたいものですし、それが世界平和も含めて、全ての問題解決に繋げる第一歩だと思います。

2012年12月7日金曜日

長かったです。

3キロ辺りでは雨も小ぶりとなり、国際通りの沖縄教育出版さんの前では、毎年、応援で立っておられる川畑会長にも元気に挨拶できていました。

これで雨が止めばと思いましたが、7キロ前から雨、しかしその辺りでは大音量でバンドがYMCAの演奏で盛り上げてくれました。

ここでも勿論、YMCAの振り付けをしながら走りました。

週一で10キロは走っていたので、雨であっても10キロまでは平気で、一番後方のJブロックからのスタートでしたが、ゼッケンのJ集団からK集団、H集団と上げていくのを楽しんでいました。

ところが、練習では15キロ以上走った際も足は大丈夫であったのが、スタート1時間以上渋滞して待っていたせいか、雨のせいなのか、14キロ地点から既に足に来ました。

その頃から、距離表示はずっと1キロ刻みなのが結構苦痛で、毎度毎度、”これだけ走ったのに、やっと1キロ?”という精神的ダメージがきつく、この思いは結局最後まで続きました。

その上、16キロ頃~中間地点の平和記念公園まで、ずっとの坂道で、この間が又、雨が強く、どこもきつかったですが、今回、特にキツイ所は全て雨でした。

沿道はずっと、水、スポンジ、飴、みかん、バナナ、黒糖、塩などを、持って応援して頂いていたので、ホントにこの頃からは、走りながら次は何を貰おう、何があれば、貰いに行くか?という事を考えて走っていました。

これは聞いていましたが、沖縄の方のお陰で、本当に飲み物、食べ物、又、エアサロンパスなど何も持たず、全部、沿道の方からの支援だけでやっていけました。

ただ、何処でも沿道で何かを配って頂いているので、いつでも横切って取りに行く人が居て、接触や走りにくさはありました。
と言う私も横切りましたから、お互い様ですが。

20キロを過ぎ、未知の世界に入った後も、1キロ1キロが長く、残り距離は、練習で走った所をイメージし、あと、あそこまで行く距離か、と思いながら走りました。

あと7キロ地点に来ると、その辺りは土地勘もあり、競技場との位置関係が分かったので一瞬元気が出たのですが、これが又裏目。

場所は分かっているのに、距離はまだ残っているから、真っ直ぐ行くわけではないので、どこまで回るの?という思いで、この最後の3キロ程が又キツかったです。

漸く競技場に入り、最後の力を振り絞って感動のゴール!と思いきや、どしゃ降りの雨で競技場は田んぼ状態、普通に歩く事さえできませんでした。

一歩一歩足を進め、ゴールも、雨の中、そっと入ったという感じで、ヤッターという感じ
は一切ありませんでした
結果は皆に約束していた5時間半を23秒オーバーしましたが、こんな状況だったので、
実質は3分程前に入っていたと思います。以下は、ゴールしてから撮った、ほぼ唯一のマ
ラソン参加写真です。
  と、こんな感じで、太陽と海!というイメージとは真逆の淋しい感じ初マラソンでした
が、社員達が喜んでくれていたのが本当に嬉しかったです。
またこのあたりは、おいおい書きます!


2012年12月3日月曜日

那覇マラソンの意味づけ

全くマラソンなんて走るつもりはなかった自分が、28回の歴史の中で初めてという、どしゃ降りの雨の中、那覇マラソンに出ている事自体、不思議な気持ちでした。

週一で走り出したのが、5月くらいからだと思いますが、朝のウォーキングを始めたのは、3月頃だったと思います。

もともとはこの二年程、本業で苦しんで来た事への願掛け的な事から、生活スタイルを変える事と、朝の時間を自己投資に使う為、5時に起きる事にしました。

その内に、毎朝のウォーキングになり、週一のランニングとなり、それならと、二年前に応援に来て、その和やかな雰囲気から、”マラソンする事になれば那覇マラソン”と思っていたこともあり、申し込みだけは行なっていました。

社内の価値観の擦り合わせ、役割の明確化を進めてきて、漸く、光が見えてきたタイミングでもあったので、自分の中で、このマラソンを浮上の切欠としようと思う様になりました。

それだけに、完走しないと浮上はない、と、勝手に言い聞かせ、根拠も自信もありませんでしたが、”完走する”と言って、逃れられない様にしてきたのです。

長男に対しても、完走できなければ、今まで反対していたある物を買ってやると約束したのですが、沖縄が雨という週間予報で喜んでいる姿を見て、教育上、間違ったと大反省しました。

しかし、それくらい自分の中で、これを今の状況と重ね合わせて絶対完走と、追い込んで臨んだのでした。

ところが、当日朝起きると、どしゃ降り。
しかも現場で合流するつもりだった沖縄教育出版の皆さんとは連絡が取れず、要領を得ないまま、ゼッケン順で2万5千人の最後尾のブロックに一人で並びました。

約1km、どしゃ降りの中、殆ど動かず、24分後に漸くスタート位置に立てるという、正に最悪からのスタートでした。

このマラソンを勝手に会社の切欠に考えていたからでしょうか、考えてみると、ウエダ本社に来た時も、本当に四面楚歌であり、どしゃ降り状況の中、一人だったよな〜などと考えながら、そう
思うと、今は社員全員で寄せ書きでタスキを作ってくれる様な会社になっているのだからと、最悪からのスタートは、後は良くなるだけだと、スタート位置を過ぎて、走り出す頃には、変な勇気も湧いて来ていました。

華やかな雰囲気を気に入って、初マラソンは那覇でと思って来たのですが、どしゃ降りでお祭りムードもあまり無く、"太陽と海"の祭典というのには程遠いものでしたが、そんな雨の中でも、ボランティアで様々な支援をして下さる沖縄の方には、本当に有難く思いました。
二年前、うちの女子社員が那覇マラソンに挑戦する際、ブロックスの西川社長が、自分しんどい時ほど、他の人に声をかけるのがコツだと言われていたのを実践するべく、沿道で手を出してくれる人、特に子供にはできる限り手を合わせていきました。

手を合わしてその時声をかけていくと、一瞬ですが、力が出るのです。

特に一人で参加している私などには、凄い力となりましたし、この事も人との関係において、大きな学びがある様に思いました。
この後の道中については次回にさせて頂きます。

勿体つけているのではありませんが、今日はもう休ませてもらいます。

2012年12月1日土曜日

12'12月 ウエダ本社社報

《次のステージに向けて》

明日、那覇マラソンに挑戦してきます。

皆に温かく送り出してもらって、是が非でも完走してきます!

何故、出るに至ったか?については、先日話した通りですが、私自身は、ようやく良い兆しが見えて来たこのタイミングで、浮上していく切欠にしたいと思っています。

業績自体は勿論ですが、ここからウエダ本社は、大人の企業にステップアップしていきたいのです。

大人の企業とは何か?

それは皆が自立した組織です。
自立した個々が同じ目標に向かって協力していく組織です。

自立した組織とはどんなイメージか?

端的に言えば、説明してくれない、教えてくれないなど、~してくれないという思考から脱する事です。

良い、悪いは別として、大企業では、社長やTOPなどと話もできないし、できたとしても一瞬で判断されたりする中で、実行する社員側が、展開や上の人の想いを読み取って考えていかなくてはなりません。

対して我々を含めて中小企業では、社長やTOPがさんざん話をしていても、説明してくれない、制度がない、教育がないという話が蔓延しています。

教育というものは、カリキュラムや目標管理などの制度設計がされているものというイメージなので、教育制度がない、教えてくれない、となるのです。

実は毎日、次から次へと全く同じシュチュエーションの無い中、考え、それに向かって対応していく事が、スキル以外に人間性から自分自身を成長させる、一番良い実地なのです。

そんな風に捉えて、仕事に対していくと、会社や上司、周りの環境がどんな状況であれ、その中で、自分はどうするか?何を求められ、その状況下で最大のパフォーマンスを発揮するにはどの様にすれば良いか?という自立型人間になります。

ここからは、そんな人々の集団を目指して、次のステージに向かっていきたいと思います。

明日は雨の予報が出ていますが、マラソンは雨であろうと、何処かを傷めようと、急な腹痛に襲われようと、その中でどうしたか?という結果だけです。

言い放しにならない様、状況に応じて、結果を出して来たいと思います。

2012年11月28日水曜日

遠回りしましたが

以前からISFネットさんの存在も知っておりますし、渡邉社長の本も読んでおりますので、知ってはいながら、今まであえてそれ以上踏み込んでいなかった面もありました。
それは、深く知ると、自分自身の持って行き場が無くなる様な気がしていたからです。

今日、大久保寛司さんが寄って下さり、改めて大久保さんの解説で聞くと、より、体に染み込んで来て、あまりの崇高さに凄いと思うのと同時に、やはり複雑な心境になってしまいました。

何せ2000人の社員の内800人が、一般的には、就業においてハンディキャップを持つ、障がいや、精神疾患、引きこもり、ニートなど社会的弱者の雇用創造を目的に、それを仕事とすると宣言されている社長ですから、発想の次元が全く違うのです。

選択と集中の間逆を行くとの事で、障がいがあっても、その人ができる仕事を作っていくという事、しかも、事業でやるのだから、それでしっかり黒字にするというのですから、同じ人間、経営者として落ち込むしかありません。

ISFネットに居ると、他で問題行動を起してしまう人でも皆、落ち着いてしまうとの事ですが、それでもたまには、大声で叫んで治まらない人も居るそうです。
そんな時にも渡邉社長は、抱きしめて、その人の事が好きだと伝えるそうで、そうすると100%落ち着くのだそうです。

私も思えば学生の頃、いつかは会社を興し、世の中のハンディキャップのある人を救う様な事をやりたい、と、言っていながら、未だ自社ですらしっかり運営しきれていない現状とのギャップや、独立創業しながら、違う道に入る事となり、元々の想いが遠回りしているのも、しょうがないと思っていた自分があぶり出された気がしました。

自社は何の為に存在するのか?存在する為には、世の中の役に立つ存在となる。

そもそもの発想から再度、展開していきたいと思います。

2012年11月23日金曜日

島根の縁

島根のブログも時間経過し過ぎ、なので、最後に、やっぱり、”縁”の話で終わりたいと思います。

そもそも今回の研修旅行は、大久保寛司さんが研修を行なわれているドクターリセラさんhttp://www.dr-recella.com/に、ある方を伴って行かれた際、その方も、ドクターリセラの社長も島根出身と分かり、じゃあ、以前からベンチマークしたいという話が出ていた中村ブレイスさんを訪問しようという事になり、そのコーディネートを、これ又島根出身である、鎌倉投信の鎌田社長に依頼されたという事でした。

二日目はそのドクターリセラさんが地元支援の意味も含め展開されている、エステ店、コールセンターと,安心な食を届けていこうと作られたリセラファームを見学させて頂き、その後、島根で創業支援をされているNPO法人てごねっと石見を訪問後、その日は小田温泉http://www.odaonsen.jp/index.htmlに宿泊することとなりました。

女将さんの会話と、ドクターリセラさんの名物社員のFさんのお陰で楽しい食事を済ませ、部屋に戻り、FBを見ると、そこに島根のMさんから、私が朝にした投稿を見て、島根に来るなら連絡して下さいよ!とのメッセージが入っており、その後のやり取りで、翌日出雲大社で会う約束と、この日の宿泊先を伝えました。

すると、驚くことに、この小田温泉の若主人さんは、少し前に、福島ひまわりプロジェクトの半田さんを講演で呼び、ひまわりプロジェクトを熱心に行なわれている方だったのです。

しかも、その若主人がそのプロジェクトを行なわれる様になったのは、Mさんからの紹介であり、そして、そのMさんがひまわりプロジェクトを知られる事となったのは、昨年の京都流議定書だったという繋がりなのです。

凄すぎませんか?

初めての島根で、全く人任せで行った温泉宿で、福島ひまわりプロジェクトを応援されておられる方に会い、それが何と、京都流議定書から始まっている事なんて、本当に嬉しい縁でした。

翌朝起きると、その話は、福島プロジェクトの半田さんや、その若ご主人にも伝わっており、若ご主人も挨拶に来て頂きました。

そしてこの最終日は、来年遷宮を迎える出雲大社へ参拝に行き、ここでMさんが合流してくれました。

この出雲大社でも鎌田社長がびっしりと段取りをして頂いており、本殿修復中だからこその、普段よりも近い所で神様を拝するという事もできました。

そんなこんなで、上辺だけを書いても書ききれない程の二泊三日の島根、これが初めての島根だったのですから、衝撃も衝撃でした。

更に番外ですが、大変貴重で有り難い事がもう一つ有りました。
それはこの小田温泉では、大久保寛司さんと二人部屋だった事でした。

多くの大企業では幹部しか直接会えず、一般社員は映像でしか見れない様な方と、同じ部屋でお話させて頂いた上、出雲大社では、神様に最も近く拝する事ができたのですから、これを契機に一気に良くなっていくと思います。

神様のせいにはできないですからね。

そんな本当に、有る事が難しい、有難い出雲の旅でした。

2012年11月18日日曜日

これからのリーダーとは

この土日は、いつも堀場最高顧問にご指導頂いているクオリアの宿泊研修でした。

幸福社会とイノベーションというテーマで大学の先生、芸術家、経営者がプレゼンテーシ
ョンを聞いて討論するというものでした。

と言っても、各分野でTOPの先生方ばかりですので、アカデミックな話で終始し、なかな
か話に入れる感じではありませんでしたが、MBAでも聞けない貴重な話ばかりで大変勉強になりました。

ただ、あるゲストの方のお話は、その方向性において、私には違和感がありました。

本も売れ、コメンテーターなども務められていて、見たことも無い程頭の回転も早く、全てに成功して来られた方なのですが、今後、必要な要素はダイバーシティーというお話の割には、自論が全て正しく、自信満々で結論は全て見えているという対応で、発言しても全く無駄な感じがして、あのアプローチでどの様に多様性を取り込めるのか?と少し滑稽な感じもしました。

私などが成功されておられる方に何も言える立場でありませんし、実際、まだ多様性を認める度量のある京都の経済界ですら、現状の売上規模が大きい会社の方が"凄い人"と、売上規模と人物の実力をリンクして考える風潮は、現実としてまだある中、それこそ、何を
偉そうに、と思われると思います。

ただ、違和感を覚えるのは、目指している軸が日本がまだイケイケのネットバブルの時代
と同じであり、サブプライム、そして⒊11以降でも、その価値観が全く変わっていない所です。

私は幸運な事に、若い有能な人達、価値観の違う、変革していこうとする人達と関わらせてもらっているので、多くの、現在の価値観においての成功者が見えていない変化を感じられていると思います。

まだまだ日本のスタンダードは変わってない事を感じながら、バスでの行き帰り、元リッツの高野さんや、鬼澤さんも薦められていた、フランシスヘッセルバイン著"リーダーの使
とは何か"を読んでいました。

この本では、中心はあっても頂点や底辺はないという円型マネジメント体制を唱えられて
いるのですが、多様性を取り込んでいくには、そんなアプローチでないと無理ではないであろうか?と、これからのリーダーの在り方を考えさせられた二日間でした。

2012年11月16日金曜日

衝撃の島根②

そろそろ皆さんにも忘れられそうですので、最後に纏めます。


    お二人とも個性的で、お二人ともが講演もで
    きる経験と哲学をお持ちで、そして、お二人
    の価値観がバッチりという松場夫妻が経営
    される群言堂さんの本店は当然半端ない
  お店です。


  正面には、旅館なのか?華道のお家元の
  イベントなのか?と思える様なスペースで、
  お店があるとは気づきません。



  その横を通りぬけると大変広い売り場とな
  るのですが、ようやくアパレルであるのが分
  かります。


  ただ、そこも拘りの店ですから、生地から全
  部オーダーして作りこんだものばかり、雑
  貨もアイテム数は幅広く、こんな事をトータ
  ルで行なうのは、繊維出身の私から見て
  も、信じられないことだらけでした。





  本店向かいのお店には、飼い猫がウィンド
  ウの中で住んでおり、これが又、自然の作
  品になっているのです。
 

  松場さんの発想は、借景というのか、作ら
  れたものというよりは、景色や素材やその
  ものとの調和を全てに考えられている様に
  感じました。

  景色を借りる様に、これも”借りてきた 
  猫”なんでしょうか。


そんなお店での拘りをご説明頂いた夜は、このお二人が経営されるホテル?ゲストハウス?に宿泊ですが、当然、ここも許してもらえない拘りで、とても説明できるボキャブラリーがないので、
以下を(他郷阿部家http://culture.fiat-auto.co.jp/travel/4151)ご覧頂くとして、ここでは、今回の研修参加メンバー全員で、食卓を囲んで、6時間程の延々のディナーでした。

このディナーもアパレルに入った女性社員さんを、こちらに転籍させて仕込んだというのが信じられない、プロの腕+おもてなしの心がこもった素晴らしい料理でした。

とここまで書いて、終わりそうにないので、もう一回、島根ブログ書くことにします。

2012年11月11日日曜日

テラルネッサンス世界会議

衝撃の島根の続編もまだ書かないといけないのですが、先に昨日参加して来たテラルネッサンスの世界会議http://www.terra-r.jp/contents/?blogid=12&catid=47&itemid=318について書かせて頂きます。

10日に早稲田大学、17日には京都のひとまち交流館で開かれ、当初は京都で参加するつもりが、17日も出張で行けない事が分かり、予定を調整して東京に参加する事にしました。

実はこの日、うちの会社では、World Shift学生板のイベントが開催され、それに対応する予定だったのですが、そちらはスタッフに任せ、会う事になっていたゲストのgreenz.jp兼松さんにも断りを入れて行きました。

何せテラルネッサンスは、ウエダ本社にとっては大事な"店子"さんでもありますし、私の知っている限りでは、最も今の日本において、他のNPOや、社会起業家達が目指していくべき姿であるか少なくとも、その姿に近い団体であると思いますので、実際にもっと成功しいていく必要があると思うからです。

この場所を提供された、早稲田大学大隈塾塾頭代行のジャーナリスト高野孟さんも、テラルネッサンスの自立型のスタンスが重要との認識から協力されたとの開会挨拶でスタートしました。

そして、元リッツの高野登さんの基調講演では、ホスピタリティーの原点、究極は、相手
の懐に入っていく時に自分の存在を消せる人であり、どうやって人に寄り添うか?どうやって人の良さを引き出すか?という事においては、ピラミッド型の頂点に居るTOPではなく、ラウンド型のセンターに居るTOP、そんな関係が良いのでは?と仰っていました。

"当たり前のレベルをどこまで上げる事ができるか?"
サラリと深いフレーズを言われるのですが、各個人がそんなレベルを上げていく事が、気
づきのレベルを高め、他者への配慮ができ、寄り添い、個々の良さを発揮した組織が生ま
れ、世の中も良くなっていくのだという所が、高野さんの基調講演が、テラルネッサン
の活動報告に繋がるところなのだと思います。

その後は、コンゴ、ウガンダ、カンボジアそして東北と、現地スタッフからの活動報告な
のですが、200人を前に発表した事なんてなく、そもそもこの為に初めてパスポートを
取り、飛行機に乗って来日した海外スタッフは、緊張しながらも、テラルネッサンスや、
それを支援して集まっている人々に自ら感謝を伝えようとされているのが感じられ、清々しい気持ちになりました。

パネルディスカッションでは、大久保寛司さんが一般客で一番前に座っておられるという
やりづらい会場で、本間正人さんが会場全体を巻き込むコーディネーションで纏められて
おられたのも印象的でしたが、そんな中でも、鬼丸、小川の両雄は、どんなフリでも短時
間に、事実と思いとやるべき事を纏めて答えて、絶対に外さないのですから、お見事というしか有りませんでした。

内容盛り沢山であっという間の時間でしたが、その後の懇親会には、仕事で来れなかっ
鬼澤さんも駆けつけられ、本当に民族や国籍、言葉なども関係ない、人と人との温かい
がりの中で一日過ごさせて頂きました。

形は違いますが、来週の京都大会では、いつも明るく本当に頭のスマートなトシャの講演
他、現地スタッフ報告がふんだんにありますので、是非、都合のつく方はご参加下さい!

2012年11月8日木曜日

衝撃の島根

中村ブレイスさんはテレビなどでも取り上げられているので、ご存知の方も多いと思いますが、日本で一番大切にしたい会社的方向で勉強されておられる皆さんに、中村社長の事を分かりやすく表現すると、言われる事、会社のスタンスは伊那食品の塚越会長、雰囲気は、日本理化学工業の大山会長、もしくは、川越胃腸病院の望月院長という感じです。

 
     それだけでやられるしょう?


     このお二人と並ぶと、私も素晴らしい人にな
     った気になりますね。


     初っ端から撃沈されましたが、中村ブレイ
  ス さんですから、想定はできる事ではあ
  りました。




しかし、今回のを更に強烈なものとしたのは、次の訪問でした。
群言堂 http://www.gungendo.co.jp/ さんってご存知でした?

HPを見る限り、坂本教授の「21世紀をつくる 人を幸せにする会社」という本に紹介されているので、知っておられる方も多いのかもわかりませんが、私は全く知りませんでした。

そこの本社?と言われる所へ行くと、田んぼの畦道の向こうから、つなぎの作業着を来た
おじさんが出迎えて頂きました。


その方曰く、この畦道は、他人の田んぼを整備して自分で作らせてもらった、と、これまた、伊那でも聞いた事ある様なフレーズですが、この方がこの会社の社長で、写真の茅葺き屋根の古民家は広島から移築したものであり、それを抜けるとトタン壁の倉庫?をリノベーションしたオフィスが現れ、中に入ると、何とそこには、別世界のアパレルでした。








これだけでも、この会社の異質さが分かるかと思いますが、やられるのは、何から何まで、事細かな拘りで、そのトタンはわざと赤茶けさせ、周りの林も景観を考えた植林と整備がなされえていました。(これも伊那の感覚)

そんな説明を受け、元々の入り口看板を見ると、これも単なるノリではなく、計算され尽したものなのだと思いました。


それを言うと社長は嬉しそうに、飼っている犬がここで小便をして、この看板が良い色になるのだと。

恐ろしいという意味が分かってもらえるでしょ?

という事で、書ききれませんので、恐ろしき島根編は又、書きます。