2019年3月3日日曜日

ウエダ本社のbeの肩書

昨日は、京都府の京の公共人材大賞の最終プレゼンがあり、その審査として参加させて頂いていましたが、同じ審査員として参加されていた元greenz.jp 編集長の兼松氏から、著書「beの肩書」を頂きました。

以前から彼が”勉強家”と名乗っているのも、最近は「beの肩書」のワークショップを行っているのも知りながら、その意図や内容までは詳しく知らなかったのですが、この本を読んで、正にドンズバで、我々が取り組みたい本質的な働き方改革、社内で常々話している事と全く符号する話だったので、紹介したいと思います。
単純に言えば、ウエダ本社の社長というのは、”こんな事をしている人”という”doの肩書”であって、”私はこんな人”という”beの肩書”が大事だという事ですが、beの肩書を見つけていくにおいて兼松氏は、アリストテレスが提唱したユーダイモニアを取り上げています。
ユーダイモニアとは、自己実現や生きがいを感じる事で得られる幸せの事だそうですが、私たちが秘めている可能性を最大限に発揮している時に感じられるもので、”これが本物の私だ”という感覚を生み出すとされているそうです。
この個人的充足感のユーダイモニアに対して、快楽的な幸福感がヘドニアというもので、一時的に楽しく感じられるが、必ずしも自分の可能性を発揮する必要はなく、どちらかと言えば受け身のまま消費するだけだったりもするそうです。
よく、金銭的なインセンティブは一過性にものである事が言われていたり、ノーベル経済学賞も受賞されているダニエルカーネマン教授は、感情的幸福は年収7万5千ドルまでは収入に比例するが、それを超えると比例しないという研究発表をされていた様に、これらは自己実現や、生きがいを感じる幸せには結びついていかないのです。
そして、働き方文脈では、”働きがいのある会社”と”働きやすい会社”は違って、我々は”働きがい”のある会社を目指し、”働きがい”のある会社を増やしていこうとしているのですが、この”働きがい”と”働きやすさ”の違いは、このユーダイモニアとヘドニアとの関係と同じで、条件や制度を整えていくだけでは”働きやすい会社”はできても”働きがいのある会社”は創る事ができず、働きやすさだけを求めて突き詰めていく事は、ヘドニアだけを求めていく事になるので、人間として、もっと言えば、生き物としての本質的な働き方改革にはならない!というのが、私の想いであり、そこから出ているウエダ本社としての展開そのものなのです。
それだけに改めて、まずは各自の”beの肩書”を考えてもらって、それぞれが”beの肩書”を持つスタッフが集う、ウエダ本社としての”beの肩書”を考えて、設定していきたいと思います。

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