2019年6月9日日曜日

想いで創る場

今週は月曜日から仕入先メーカーの会があり、東京へ行っていました。
丁度その3日には、障がい者雇用においてアドバイス頂いている、リベラルk株式会社の上田さんが、親会社の命で横浜で展開される事になったコワーキングスペースSTAYUP横浜のオープン日でもあったので、オープニング前に立ち寄り、見学させて頂きました。

横浜駅界隈では多分一番広いであろうというスペースは、色々なケースに対応するスペースが設けられていましたが、様々な働き方を支援していくとの事で、これから楽しみです。
代理店会の懇親会を終えて、二次会には行かず、英治出版さんの会員制のコワーキングに行くと、海士町の阿部さんや厚真町で今度起業されたという成田さんがおられ、遅くまで熱く語り合い?ましたが、この二人とも、某大手自動車メーカーを投げうって過疎地域に入り込み、活動しておられる方々で、ふらっと寄ってもそんなメンバーに会えるのが、baseの魅力です。
出張から帰った翌日は、京都府立すばる高校の先生が、ウエダ本社でPBL(プロジェクトベースドラーニング)を実施したいとの事で来られました。
大学生のPBLはこれまで何度も受けてますが、公立高校でこんな授業を行なう事に驚きましたが、”働く”という事を分けて考えるのではない!と、普段から唱えている我々としては、積極的に受ける事にしました。
丁度、今週東京でも、ある連携先の方から、ウエダ本社やUtena worksで、高校生の息子さんをインターンさせて欲しいという依頼を受けたのですが、実際、Utena スタッフのお子さん達が、我々の会社に出入りする様になって、大きく変化されたとの事を聞いて、大変嬉しかったのと共に、我々の場や風土を生かしてお役に立つ事を模索していきたいと思っていたところでした。
金曜日には、うちのスタッフがオカムラさんのイベントで知った、岡山のワークスマイルラボという会社にスタッフと共に見学させて頂いたのですが、何と岡山で我々より古い100年企業で、今年まで石井事務機センターという社名であったコテコテ?の事務機屋さんが、見事に転換されているのですが、やはり同業で長い歴史のある会社さんなので、展開や動機、潜り抜けて来た壁が同じで、元の同業界にこんな会社があった事を嬉しく思いました。
しかも、我々よりも倒産の危機に直面された時期は遅く、今の展開にされたのも遅いのに、短期間で仕組み化もしっかりされて、成果にもつなげておられる点に感心しました。
今、オフィスが見直されたり、コワーキングスペースが乱立してきたりしてますが、やはり問題は、その器やハードではなく、そこで誰が、何をするのか?そしてそれは、どんな想いからなのか?で集まる人が代わり、場の雰囲気が全く違うものになり、そこに集まる人までも変えてしまうのです。
一週間を振り返ってみても、そんな”場”についての”価値”を感じる事ばかりだった様に思います。
ウエダ本社が何をするのか?に興味が集まり、それはどんな想いから行うのか?それをしっかり語っていける様にしていきたいものです。
そして、それを一番大きく発信する場が、毎年の京都流議定書です。
8月6日、7日の二日間は、我々がどんな想いを発信するのか?を見に来て頂きたいですし、それから感じられた事を、それぞれの方が、それぞれの想いで場を創っていって頂けたら、閉塞感漂う、会社や業界も、そして日本も変わり出すと思います。

2019年6月2日日曜日

次のフェーズに向けての京都流議定書

6月に入りました。
今年の京都流議定書は、8月6日、7日の二日間の開催ですが、これまでに比べてかなりキャスティング、内容が遅れています。
その理由は、一つには、一昨年で一区切りの10年を終え、昨年は会社の80周年を行いましたので、京都流議定書としては一日だけのセッションでしたが、第12回を迎える今年から形を変えようとしている事と、もう一つは関連する事でもあるのですが、企画、キャスティングからスタッフに考えてもらっているからです。
10年間は、目に見えない(数値化されない)価値が人口減少を迎える日本においては重要であり、それはまだ京都には残っていて、それを改めて見直し、発信していく事が日本にとっての真のグローバルではないのか?という想いを発信し、その市場?というのか、共感層を広げていこうとしたものでした。
それを今年からは、単に「良い話を聞いた」ではなく、行動に落とし込んでいく事や、少なくとも、考えが変わった、価値観が変わったという実のあるフェーズにしていきたいと思っています。
それだけに、昨年までは企画、キャスティングは、私と外部のご協力頂く方々とで全て決めていたのですが、今年は、ウエダ本社のスタッフ自体が、京都流議定書を自分達の価値や未来像を示していくものとする為に、二日目は、企画やキャスティングから考えてもらう様にしたのです。
今週は東京で、初日の8月6日に出演頂く事になった元鎌倉投信の新井さんと、新井さんが設立された株式会社eumoの方々とお会いして、打合せをさせて頂きました。
実は新井さんが社会課題や地域課題の解決を推進する為に、ソーシャルベンチャー活動支援者会議というものを立ち上げられ、そこで又ご一緒させて頂く事になるのですが、その新井さんと共通して持っているのは、折角良い芽が出てきているのに、ここで加速しないと間に合わないという危機意識です。
そして又、その危機意識を強烈に持ってプレーヤーとして動いておられる団体がボーダレスジャパンさんで、その代表の田口さんにも8月6日はご登壇頂き、流行りの様なソーシャルビジネスや、ポーズの様なSDGsではない本質的なものをあぶりだして行きたいという話になりました。
まだそこに関わってもらう、ミラツクの西村勇哉さんとの打ち合わせもできていませんので、登壇者の最終が決まるのはもう少し先になると思いますが、既にかなり濃い内容になる事は間違いないので、京都流議定書でしかできないものにしていきたいと思っています。
スタッフで考えてもらう二日目は、更に難航していましたが、今週漸く方向性が決まりました。
ウエダ本社の北ビル2階はTRAFFFICとしてリニューアルしましたが、この場自体は、コワーキングではなく、単なる貸し会場でもなく、”いい会社”をデザインしていこうとするウエダ本社として、”いい会社”を目指していく企業や団体の方々が持ち込まれる課題を解決に向けていったり、イノベーションを起こしていく場としていくのですが、そこに繋げていく為にもこの二日目は、我々が考える”いい会社”の要素を分解して、その分野で著名な先生に、”小さな大企業になる為の一日だけの経営大学院”(仮題)として、それぞれで講義して頂き、会場に来られた方々を交えてディスカッションしていくという設えとなりそうです。
こちらは、TRAFFFICを共同運営してもらっているリリースさんに全体コーディネートしてもらいますので、こちらもかなり面白いものになりますし、今名前の出ている先生方がお越し頂くと、これまた、こんな授業はどこにも無い!というものになると思いますので、ご期待下さい!

2019年5月26日日曜日

日本人の忘れものから1000年紡ぐ企業

今週は京都新聞主催の「日本人の忘れもの知恵会議」というイベントに登壇させて頂きました。

基調講演が、大阪大学総長、京都市立芸術大学理事長も務められた、哲学者の鷲田清一さんという高尚なイベントで、その鷲田さんともパネルディスカッションでご一緒させて頂くという有難い機会でしたが、鷲田さんのお話と絡めると、近景(家族)中景(地域社会、学校、会社、組合など)遠景(国家)という中で、中景がやせ細ってしまったのが大きな問題という中で、私は会社という中景をどの様に強くしていくか?という事について、それに繋がる実践を行なっている者という役割だったのかと思います。
そもそもは共催者でもある、地域企業宣言というものを出した、”京都市地域企業未来力会議”の策定メンバーでもあるのですが、中小企業という規模の優劣ではなく、地域と共に継承発展する地域企業を目指していくべきというこの宣言の主旨は、正に中景を強めていく企業宣言と言えると思います。
鷲田さんは、繁華街でもない住宅街に、仕出し屋と和菓子屋さんがある京都の街並みが好きだと仰っていました。
私もそんな意識は持っていなかったのですが、これは寄合の名残で、昔は各町内で寄合がしょっちゅう有り、そのおもてなしをするのに、町内に仕出し屋さんと和菓子屋さんがあったという事だそうですが、町内や地域で、商売は持ちつもたれつお互い様という事で成り立っており、それゆえ、経済と文化、芸術もリンクしていたという事でした。
それが、効率追求や、それこそ規模の大きさの競争ばかりの経済一辺倒で推し進めて来て、地域が崩れ、文化、芸術も繋がりを無くして、危うい存在になって来たのでしょう。
昨年私自身、これが”THE京都のビジネス”なのか!と、初めて感じた出来事がありました。
それは、お香の老舗企業である松栄堂さんのオフィスを手掛けさせて頂いた時で、良かったと評価頂くと、本当に有難い事に、”オフィスはウエダ本社に頼んで良かった”という事を、全員に言って頂いていたのではないか?と思う程、言って頂いていて、京都の老舗企業というのか、街中(まちなか)では、こういう関係性で成り立っているのかと感じたのです。
ここでは、お互い様という関係や、地域での循環がベースにあり、値段だけで関係性を変えたりせず、それだけに信頼が大事で、他府県から来られた方が、京都は商売が難しいと言われる所はこういう所にあるのだと思います。
しかしその京都でも、残念ながら、殆どはモノの値段だけで競争させて一円でも安く買う、経済一辺倒の社会となってしまっています。
当然ビジネスですから、甘い事だけ言ってられない面があり、厳しい姿勢が素晴らしいとされているのですが、どういうスパンで見るか?によって、短期的に正しくても、長期的に見れば信頼を無くし、大きな損失になる事も多いと思いますが、日本人の忘れものというテーマを京都新聞さんが取り上げて来られていたのも、京都では忘れ去ってはいけないという事なのだと思います。
今週あったクオリア朝食会では、以前もご紹介した、衝撃的に幅広い見識をお持ちの能楽師安田登先生にお越し頂き、能とサステナビリティについてお話頂きました。
世阿弥は、能を未来に残す事を考えて、家元制度や、天才に依存しないシステムを作り上げた、とのお話でしたが、同様に、大きくしないという選択をし、それゆえ、お客さんに寄り過ぎないスタンスを取り、期待や欲求が高まり過ぎない様にしていたり、「陰陽の和するところの境を知るべし」と、昼は静かに、夜はアップさせるなど、色々なものをゼロの状態に向ける様にしていたそうですが、伝統というのも、今使われているニュアンスではなく、ある意味、誰でもが未来に継続させていくことができる仕組みの様なものという事でした。
この能でも、世阿弥から数えると”まだ”650年という中、土曜日には第四回となる京都市の”1000年”紡ぐ企業認定の授与式が開催されました。
こちらでは第一回から審査員を務めさせていますが、これまでは、何せ”1000年”と掲げてしまった為、当然それだけ、親しまれないと駄目でしょうし、継続という事からすると、事業性もしっかりしないといけない、そしてソーシャルというくくりなので、利益から入っている所は違うなど、毎回、どこを軸にしていくか?の審査の基準が難しかったのですが、漸く、纏まって来た感じがしました。
それこそ継続していって段々価値が紡がれていくのでしょうね。

今週だけでもこれだけのイベントがある京都は、やはり経済性を追求して来た中でも、その行き過ぎた違和感を何となく感じている様に思います。
大きくしない、そこで勝負しないという選択から、”中小企業”という意識を改め、肌感覚で中景を強めていく必要性も感じて”地域企業”という宣言を出し、そんな中から1000年紡いでいく、未来に残そうとする企業、プロジェクトを作っていこうとしている所は、数千年というスパンの中で、自己の利益一辺倒に行き過ぎたものをゼロに戻していこうとしているのかもしれません。
そういう意味ではやはり、日本の伝統を残していくエコシステムを持っているのは京都なのだと思いますし、揺り戻し役をしっかり果たしていかないといけないと思います。
そして、やはり同じ想いだと改めて感じた京都流議定書を今年も行います。
例年よりかなり遅れておりますが、これまではキャスティング、構成は、私の方で外部の協力者と全て決めていっていたのですが、今年は二日の内の一日を町衆ではないですが、スタッフに自分達のイベントとして企画してもらいます。
ウエダ本社が、大事な日本人の忘れものを考えていく”京都”という社会と繋がると、スタッフは町衆となり、自ら行動、運営する市民、国民となっていく事、そんな転換をしていく事が、日本人の忘れものをまだ感じる事ができる京都の役割ではないかと思います。

2019年5月19日日曜日

ウエダ本社してまんね。

今週は、今年で解散となる盛和塾で、京都塾としてはどうするのか?について、過去の代表世話人に説明する顧問会がありました。
京都は発祥塾だけに難しいですが、やはり稲盛塾長の意を汲んだ結論になればと思います。

先日ある方のSNSで、その稲盛さんのお話が投稿されていましたが、改めて感じた事と、この感覚がウエダ本社での展開なども説明しやすいので、纏めてみたいと思います。
ご覧になっておられない方はこちらをご覧下さい。

ここで一番のポイントは、関西以外の方は文字だけで果たして意味が伝わっているのか?とも思いますが、河合隼雄さんが書かれていた「あんた花してはりまんの?わて、河合してまんね」というくだりで、稲盛さんも、これで自分の役割と存在を理解でき、その後利己的なエゴを無くし、利他的な発想に転換できたと仰っている点です。

大変不遜に思われるでしょうし、全然できてないので、偉そうに言うな!と言われると思いますが、実は私もこれに近い感覚がベースになっていて、特に数年前から明確に、この感覚を意識して展開しています。

自然の摂理に則ってというのは、稲盛さんだけでなく、これまた尊敬する伊那食品工業の塚越会長もよく仰いますが、私も、この世に存在するものは、人間であれ、花であれ、そして会社であっても同じで、自然の摂理に従ってその存在を、命を使って全うしていくものだと思っています。

ですから、「あんた花してはりまんの?わて、河合してまんね。」
というニュアンスは、”めっちゃわかる〜”となるのですが、そもそも自分の意志で生まれて来た人などいないので、今の姿はたまたま花となったり、河合となっただけで、それはこの世の中での役割を果たす姿なのだと思うのです。

稲盛さんも、稲盛和夫の能力は個人のモノではなく、与えられたモノなので、それを世の中に対して使っていくのが役割と思われたという事ですが、これは稲盛さんだけの話ではなく、皆に共通した話だと思います。

数年前から明確になったというのは、それこそ盛和塾京都で代表をさせて頂いた際に改めて、自分自身の役割や強味を考えてみると、人を繋ぐ事、特に、NPOやソーシャルなど世の中を変えていこうとする人たちの能力と熱意を、最大化できる様に繋げていく事が岡村の役割であり、その強味を、ウエダ本社という存在を使って少しでも大きな事にしていくのが、命を使っていく使命なのではないか?そして、ウエダ本社としても、それが役割であり、それを行なっていく事で存在意義ができるのではないかと思ったのです。

そう考えると、稲盛さんの様な事はできないと思っていたものが、岡村でも、勿論、ウエダ本社の皆それぞれにも役割、出来る事はあり、ウエダ本社は、それを実現していく装置とも言うべき場であろうと思ったのです。

そんな話を、ウエダ本社でやって来た展開と照らし合わせて頂くと、何となくご理解頂けるのではないか?と思いますが、よく、本物とポーズでやっている所の違いという話もしますが、これも、この考えで見てもらうと、その違いを感じてもらえるのではないか?と思います。

そもそもの存在や社会に対しての役割から考えて展開している所と、自社からスタートして、CSRにしろ、SDGsにしろ考えていくのは似て非なるもので、多大な利益を上げ、多額の寄付したとしても、海外含めて取引先、環境などに対して多大な負荷をかけて自社だけが上げた利益だとしたら、それは賞賛されるべき企業とは言えないと思いますし、それでいて、又、SDGsをやらないといけないというのは、全く、滑稽に見える話で、存在から考えている本物とは全く違ってみえます。

稲盛さんの記事を見て、折角、この意味も理屈ではなく分かっていたのに、行動が中途半端で情けないなあと感じた今週でしたが、改めて、「岡村してまんね」、と言える様にそして岡村と共にそこに集う人がそれぞれ、「〜してまんね」と言えて、それぞれがその役割を増幅する装置としてウエダ本社を使い、その事が「ウエダ本社してまんね」とスタッフ皆が言える様にしていきたいと思います。

2019年5月12日日曜日

SDGsで嗅ぎ分けて

長い休みも明け、令和の仕事始めとなった今週ですが、いきなり米中貿易戦争は泥沼化していく様相を見せ、北朝鮮はミサイル発射するなど、不穏な幕開けとなりました。
日本では、ロシア、韓国との関係も悪化していくばかりですし、イラク問題、イスラエル問題も、これまでとは違う展開で、中東がより複雑化していきますが、それを進めている張本人の米国大統領と”蜜月関係”、と言っていて良いのか?も含めて、政治的にはどうしていけば良いのか?私自身も分からないのが正直なところです。
ただ、やるべき事は、自分の立場から世の中を良くする為に、次の世代に向けて少しでも良い環境を作っていく事しかないと言うか、それが自分自身の存在する意義だと思っていますし、会社もその役割を果たしていく事が、会社としての存在意義であり、だからこそ存在する価値があるのだと思っています。
そんな中、今週もウエダ本社とUtena worksには、素晴らしい想いと能力を持った方々が、面白い話を持ち込んで来て頂いていました。
これらに関わっているスタッフは、日々新しい事が入って来たり、加わったりするので、本当に大変かと思いますが、これを整理して、我々のリソースと関連付けて構築していく事が、この大変厳しい世界情勢の中で、日本がどうしていくのか?ウエダ本社グループがどうしていくのか?という所に繋がる事ですので、その役割を果たしていくという事を、意気に感じてもらいたいと思います。
これから二年間、京都経済同友会の例会部会長を担当する事になり、経済界において猫も杓子も状態ですが、SDGsをテーマに上げる事にしました。
これまでも色々な事でありましたが、本質的な事を全く理解もしていないのにポーズで行なうという事がありますが、SDGsもその様相を呈しており、それをやらないと儲からないから、相手にされないから、という様な感覚で、何を揃えればいいのか?というピンと外れな話が、立派な企業、経営者の中でも普通に話されていたりします。
CSRよりもタチが悪い事に、17項目のテーマでは、どんな企業でも解釈の仕方ではやれる事になりますから、そのマッピングだけで、形式的に評価を得る為だけに進めるという事になりかねないので、京都経済同友会では、形式的なポーズではなく、少しでも実質的な気づきを持ってもらえる様にしたいと思います。
本来は、自社が何の為に存在するのか?どんな価値を世の中に提供するのか?から考えている所ではあれば、自ずと展開する事ができ、その視点から立脚する所が、しっかり仕組みを回していけば、SDGsは効果あるものになると思いますし、うちのスタッフなどにもその視点で考えて欲しいと思います。
最近、プラスチックごみの問題が騒がれていますが、これも氷山の一角で、この問題でもまだまだ知られていない事だらけでしょうし、これ以外にも、限界に近づいていながら隠されているか知られていない問題だらけでしょう。
そこに世界情勢を重ねていくと、一番大変な事に陥る可能性があるのが、特にこれまでの価値観で安穏としている日本ではないか?とさえ思うのに対して、自分の圧倒的な能力不足を感じるので、最近、加速度的に色々な人や団体と連携していっている原因だと思います。
そんな理由からですので、決して自分自身や自社の地位や名声の為に行なっているのではないという事を、スタッフやステークホルダーの皆さんに共有と宣言をしたいと思いますし、共通課題を見ている方々には、ドンドン集まって来て頂いて、一緒に力を合わせていきたいと思います。
自社の儲けの為や、ポーズだけの所には騙されてる時間もないですから、嗅ぎ分けて、結集して参りましょう!

2019年5月7日火曜日

令和元日から

令和という時代が始まりました。
今週は、世間では10連休、ウエダ本社は9連休という事で、活動からの話ではありませんが、何故9連休にしたか?から始めると、令和元旦となる5月1日は、ウエダ本社の創業記念日であり、元々は出勤日としていたのですが、日が近づいてくるにつれて、休まないといけない感じになってきた為、4月27日の土曜日を出勤とし9連休としました。
天皇の生前退位による皇位継承というのは202年ぶりとの事であったり、令和という元号が、確認される限りでは初めて日本の古典から選定された事など、日本の歴史を感じ、起源を考えるにおいて素晴らしい機会であった様に思います。
宮内庁によると第126代の天皇との事ですので、実在性が確定していない神武天皇から繋がるとされている事になりますが、そうであれば2600年以上、古事記や日本書紀での神武天皇の存在がどうか?を疑ったとして、現在の皇室の源流とされる継体天皇から数えても1500年以上も続く、世界最長の王室となる日本は、今後も、天皇との関係性から国の有り方を考えていく事になるのでしょう。
今回の生前退位の問題や、女性天皇の問題は、現在の国民の象徴という存在においては、直接どの様に関係するのか?私も正直これまでピンと来ていなかったですが、これだけ長い歴史の中で、長いスパンで見た時には、日本という国をどの様に位置付けて、どの様に先々の時代に繋いでいくのか?を、天皇や王室との関係から、大局的な見地に立って考えないといけないのだと思いました。
バブルがはじけて、大量生産、大量消費モデルからの転換を求められながら、脱却できずもがき苦しんでいる所に、いくつもの大災害に見舞われた平成期に、国民に寄り添うというお言葉の通り、災害地にも必ず訪問され、毎回、被災された方々と膝を突き合わせて声をかけておられた前天皇は、象徴という何も手を下せない中で、もがいている日本に対して、その姿勢で、強烈なメッセージを送っておられたのではないでしょうか?
今回、教科書の世界でしかなかった、生前退位による継承と、上皇という立場をライブで見せて頂く事によって、これだけの繋がりの中に今在る事を改めて感じましたが、そんな事も国民に考えさせる、感じさせる機会を作られたのではないか?とも感じました。
ふとそんな事も考えながら、令和元日はウエダ本社にとっても81周年でしたが、創業を振り返り、その源流を見ながら、大きな存在ではないながらも、歴史で振り返った際には、ウエダ本社が、日本の企業環境において、何某かの役割を果たしたと残る様な存在となる様、想いを馳せて82年目に臨んでいきたいと思います。

2019年4月27日土曜日

beautiful harmony

今週は、あちこちで平成最後の~という言葉も聞かれましたし、ブログを書いている人でも多くの方が、このフレーズを使われると思いますが、私もこれが平成最後のブログとなります。
そして5月1日はウエダ本社の創業記念日で、令和元年の5月1日~82年目を迎える事になります。
そしてそんな時期を一緒に迎えていくべく、今週は来年度の採用の面接を行なっていました。
今年は特に、”起業する人限定採用”と掲げていましたので、多くの人が、うちの会社を目掛けて来てくれていて、本当に他社を考えていない様な人もいて、選考するのに悩ましいですが、令和の時代にまたがって擦り合わせをしていって、お互いにとって良いマッチングとなる様にしていきたいと思います。
今年入社した三名も、新卒の二人は、既に即戦力!と思わせてくれたり、最初から一番ウエダ本社の価値観が身についていますし、中途採用の女性も、飛ばし過ぎ?と心配するほど、吸収しようとする姿勢が素晴らしく、頼もしい限りですが、これもやはり価値観、方向性を合わせている事が、大きな力となっていると思います。
一方、既存のメンバーもそんな新メンバーに煽られたわけではないでしょうが、今週から、自分達で作り上げてくれたスキルズインベントリーというものに基づいて、各リーダーと共に、役割と目標との擦り合わせを行なってくれており、それぞれが大変前向きに自分の役割について考えてくれいています。
官邸で発表された令和の意味は、「見事に咲き誇る梅の花の様に、一人一人が明日への希望と共に、それぞれの花を大きく咲かせる事ができる日本でありたい」との願いを込めて、とありましたが、真にそれを求めていく様な国、人づくりを願いたいと思います。
決して”令”という字が”命令”の意味から来る様な、これまでの時代と同様の流れにならない様にしなければならないですし、我々の会社も、今芽生えて来ている、それぞれの役割意識とそれぞれの良さを生かして、令和の時代を海外に説明した意味である”beautiful harmony”と捉えて、それぞれの良さを結集して、奏でていきたいと思います。